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2020.06.12 Fri UP

抗がん作用を示す真菌由来の天然物FE399の人工合成に成功:MNBAマクロラクタム化による初の天然物の全合成
〜p53遺伝子変異を持つ大腸がんなどの増殖抑制効果を持つ抗がん剤開発に期待〜

研究の要旨とポイント
  • ●がんが現代の死因の上位を占める現在、さまざまながんや腫瘍細胞に対する増殖抑制効果を持つ抗がん剤開発は重要な社会課題です。
  • ●今回の研究では、大腸がん細胞をはじめとするさまざまながん細胞および腫瘍細胞に対する増殖抑制効果を持つ新規の天然化合物であるFE399の分子構造を明らかにし、高効率な人工合成系の確立に成功しました。
  • ●本研究は、FE399をベースとした新たな抗がん剤の開発に向けた重要な第一歩となります。

東京理科大学理学部第一部応用化学科の椎名勇教授は、殿井貴之博士(元東京理科大学理学部第一部応用化学科講師)らとの共同研究により、天然の抗腫瘍活性化合物であるFE399の人工合成に成功し、その分子構造を明らかにしました。

がんは、現代社会において死因の一位を占めており、生涯のうちに男性は2人に1人、女性は3人に1人が何らかのがんにかかるといわれており、新しい治療技術や薬の開発は、重要な社会課題です。
FE399は、真菌の1種であるAscochyta sp.の培養物から単離された天然の新規化合物で、ヒト大腸がん細胞をはじめとするさまざまながん細胞および腫瘍細胞に対する増殖抑制効果を持ちます。
天然化合物をベースに同様の生理活性を持つ化合物を合成するためには、構成分子だけでなく、その構造や立体化学的特性を明らかにすることが必要不可欠です。しかし、これまで、FE399については、構成する分子は特定されているものの、正確な分子構造はわかっていませんでした。そのため、FE399の正確な構造を明らかにし、合成法を確立することが待ち望まれていました。

今回、椎名教授らの研究グループは、合成化学的アプローチでFE399の構造を決定し、これまでに同研究室で開発した高速脱水縮合剤であるMNBA(2-methyl-6-nitrobenzoic anhydride)を三段階の鍵反応に用いることで、FE399の高効率な全合成ルートを確立しました。
本研究で合成ルートが確立されたFE399は、新規抗がん剤のリード化合物(※1)とした今後の抗がん剤の開発に大きく貢献すると期待されます。

研究の背景

ほとんどのがんは、遺伝的な突然変異により生じることが知られており、なかでもp53遺伝子の変異は、大腸がんをはじめとするがんで最も高い頻度で確認されます。p53遺伝子は代謝や細胞周期の停止、細胞の自死であるアポトーシスなどを司るため、変異が生じることによって細胞の恒常性を保つことができなくなり、がん細胞が生じ、増殖するリスクが高まると考えられています。

イチイ科の植物であるキャラボクの葉に共生する真菌である糸状菌の一種Ascochyta sp.の培養物から単離された化合物FE399は、さまざまながん細胞、特にp53遺伝子変異を持つ大腸がん細胞のアポトーシスを誘導する働きを持つことが知られています。しかし、FE399については、部分構造や構成要素は報告されているものの、化合物の生理活性に重要な全体の立体化学的特性や構造についてはまだ明らかになっていないため、抗腫瘍薬としての研究開発は進んでいません。

そこで研究グループは、創薬の第一歩となるリード化合物の合成を目指し、FE399の全合成の達成を目標に研究を行いました。従来の合成方法では環状化合物の生成する収量が低かったため、椎名教授らの研究グループは、同研究室で開発された新しい高速脱水縮合剤であるMNBA(2-methyl-6-nitrobenzoic anhydride)を用い、効率的にFE399の主骨格を構築する手法を考案しました。

研究結果の詳細

これまで、天然化合物FE399は、鎖脂肪酸のアルキル鎖(※2)ならびにシステイン(※3)2分子からなる16員環(※4)の主骨格に、8員環の環状ジスルフィド(※5)を含む2環性デプシペプチド(※6)であることが推定されていましたが、その立体構造はわかっていませんでした。 FE399では、C9、 C14、C17が不斉炭素(※7)ですが、不斉炭素を持つ化合物の多くが、光学活性(キラル:※8)な構造をとり、構造異性体とはその生理活性には大きな違いがあるため、FE399の合成においては構成要素の天然物での立体配置を明らかにし、求める生理活性を持つ物質を効率的に作る不斉合成反応(※9)の確立が必要です。

今回、研究グループは新しいマクロラクタム(※10)化反応を利用して、高効率なFE399の合成法を確立しました。既存のアミド化剤として汎用されるウロニウム系縮合剤(HATU)を用いた場合、反応は進行するものの、活性は低く、収率は38%でした。それに対し、椎名教授らの研究グループが開発したMNBAによるマクロラクタム化を用いると、反応過程で分子の構造が一部反転してしまうエピメリ化(※11)と呼ばれる変化をC14およびC17位で起こすことなく、目的物を77%という高収率で得ることに成功しました。この反応が鍵となって、最終的に(9R,14R,17R)-FE399の不斉全合成に成功し(全15工程、総収率20%)、天然物の相対立体配置がこの合成品と一致することが確認されました。

今回の成果について椎名教授は、「FE399は、p53遺伝子の異常を通じて発症する大腸がんを死滅させる働きを持つ天然物です。FE399およびその類縁体を全合成し、新規抗がん剤のリード化合物を創出したいと考え、この研究に取り組みました。FE399の分子構造が明らかになり、合成経路が確立されたことで、大腸がんの治療や、大腸がん等の予後の改善につながることが期待されます。これによって、患者様の生活の質(QOL:Quality of Life)の向上が見込まれます。」と述べています。

現在、東京理科大学では、FE399類縁体を含む様々な抗腫瘍活性化合物の合成と薬剤開発が進んでいます。これらを用いた大腸がんならびに他の固形がん・血液性がんの治療効果の検証が行われています。本研究の成果は、FE399をリード化合物とした新規抗がん剤開発に向けた重要な第一歩となります。

※本研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業の助成を受けて実施しました。

用語

※1:リード化合物:医薬品開発の出発点となる化合物。
※2:アルキル鎖(基):炭素と水素のみが単結合のみにより結合した構造の飽和炭化水素から水素原子を一つ除いたもので、多くの有機化合物の部分構造となる。
※3:システイン:アミノ酸の一種。
※4:16員環:16個の元素で構成される環状の化合物。
※5:環状ジスルフィド:二つの硫黄元素による架橋であるジスルフィド(S-S)架橋を構成要素とする環状構造であり、タンパク質やペプチドにおいて重要な構造要素。
※6:デプシペプチド:アミド結合が置き換わったエステル結合を一つ以上持つペプチド。
※7:不斉炭素:4つの異なる原子、あるいは置換基と結合した炭素原子。不斉炭素を持つ分子は鏡像異性体を持つことが多い。
※8:光学活性(キラル):もとの分子の鏡像体をいくら回転させてももとの分子とは重ならない性質。
※9:不斉合成反応:鏡像異性体を作り分ける合成反応。
※10:マクロラクタム:環状アミド構造を有するペプチド。FE399の主骨格をなす。
※11:エピメリ化:異なる四つの原子を持つ炭素である不斉炭素の立体配置が反転する現象。

論文情報

雑誌名 European Journal of Organic Chemistry 2020年6月8日 オンライン掲載
論文タイトル Total Synthesis of the Antitumor Depsipeptide FE399 and its S-Benzyl Derivative: A Macrolactamization Approach
著者 Takayuki Tonoi, Miyuki Ikeda, Teruyuki Sato, Takehiko Inohana, Ryo Kawahara, Takatsugu Murata, Isamu Shiina
DOI 10.1002/ejoc.202000459

椎名研究室
椎名教授 大学公式ページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?19ed
研究室ページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/shiina/index.html?

東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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