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2020.05.08 Fri UP

植物の食害認識システムを解明! ~食う-食われるの特異的関係における分子機構~

研究の要旨とポイント
  • ●植物では昆虫の食害を受けた際、害虫の唾液などに含まれる防御応答誘導因子(エリシター)を認識することで、防御活性が高めることができますが、その分子的なメカニズムは解明されていませんでした。
  • ●本研究では、エリシターの認識に関わる植物の制御因子HAKの同定に成功しました。
  • ●HAKは本研究で用いたハスモンヨトウのエリシターにのみ特異的に応答することから、生態系への影響を最小限にした遺伝子組換え農作物の開発に応用できると期待されます。

東京理科大学基礎工学部生物工学科の有村源一郎教授は愛媛大学、岡山大学、東京大学、岩手生物工学研究センターとの共同研究で、害虫の唾液などに含まれ、植物の防御応答を活性化させる因子(エリシター)の認識に関わる植物の制御因子HAKの同定に成功しました。HAKは本研究で用いた重要害虫であるハスモンヨトウのエリシターにのみ特異的に応答し、他の昆虫のエリシターには応答しないことから、生態系への影響を最小限にした遺伝子組換え農作物の開発に応用できると期待されます。

植物では昆虫の食害を受けた際、害虫の唾液などに含まれるエリシターを認識することで、防御活性を高めることができます。これまで様々な害虫種から異なる種類のエリシターが同定されてきましたが、植物がどのようにしてエリシターを認識するのかについては解明されていませんでした。

研究グループは、重要害虫であるハスモンヨトウの幼虫の吐き戻し液(唾液など)に含まれるエリシターの認識に関わるダイズとナズナのタンパク質HAKの同定に成功しました。このHAKは植物が害虫種を特異的に認識し、防御活性を高めるための受容体様キナーゼ(※1)と呼ばれるタンパク質です。さらに本研究では、HAKは植物ホルモンであるエチレン(※2)を介したシグナル伝達系を活性化し、防御活性が高まることも明らかにしました。

これまで害虫の認識機構で作用する分子の同定に成功した例はきわめて少なく、本研究で得られた結果は農作物開発への応用だけでなく、食う-食われるの関係を通じた植物と昆虫の共進化のメカニズム解明にもつながる重要な成果です。

研究の背景

害虫に被食された植物では、害虫の唾液などの吐き戻し液に含まれる防御応答誘導因子(エリシター)を認識することで防御活性を高めることができます。例えば、ヨトウガの幼虫の吐き戻し液の中には、ヒトと同じく、酵素や脂肪酸、タンパク質といった消化などのはたらきを担う因子が含まれており、被食された植物はこれらの因子を『害虫の特異的なシグナル』として認識することで防御応答が誘発されます。これまで様々な害虫種から異なる種類のエリシターが同定されてきましたが、植物のエリシターを認識する分子的なメカニズムについては解明されていませんでした。
そこで研究グループは、温暖化によって東北以北での発生が問題視されつつある重要害虫ハスモンヨトウと、ハスモンヨトウの食草として2種の植物(ダイズおよびシロイヌナズナ)を用いて、ハスモンヨトウのエリシター認識に関わる分子の同定を行いました。

研究の詳細

本研究では、まずダイズHAK候補を発現させた遺伝子組換えシロイヌナズナ(ナズナ)を複数株作成しました。ハスモンヨトウの幼虫から吐き戻し液(OS)を採取し、傷を施したHAK候補組換え株の葉にOSを塗ると、HAK1とHAK2の組換え株ではコントロール株などと比べて防御遺伝子の発現が著しく増加しました。これらのHAK組換えナズナに、OSから精製された糖エリシターを処理した場合でも防御遺伝子の発現は誘導されましたが、他の病害虫のエリシターを処理した場合はコントロール株と同じ程度しか誘導されませんでした(図1)。
一方で、HAKを抑制させたダイズでは防御遺伝子の発現誘導は低下し、ハスモンヨトウに対する抵抗性も弱まりました(図2)。このことから、HAKはハスモンヨトウの糖エリシターに特異的に応答するための重要な因子であることが明らかになりました。
HAKは糖エリシターとは直接結合しないことから、まず、細胞表面上にある別の受容体がハスモンヨトウの糖エリシターを認識し、HAKに情報をわたすことで細胞の防御応答が誘導される分子モデルが考案されました(図3左)。
さらに本研究では、ナズナのHAKも発見しました。糖エリシターが処理されたナズナでは、HAKがPBL27という別の制御因子と共にはたらくことで、植物ホルモンであるエチレンを介したシグナル伝達系を活性化し、防御活性が高まることも明らかにしました(図3右)。

研究を行った有村教授は「ハスモンヨトウは野菜や花、果樹などの幅広い農作物種を加害する重要害虫です。HAKはハスモンヨトウ以外の病害虫のエリシターやハスモンヨトウの糖エリシター以外の異なる脂肪酸などのエリシター分子には応答しないため、仮にHAK組換え植物を栽培現場に利用した場合でも生態系に及ぼす影響は小さいと期待されます。さらに、HAKとHAK周辺の制御因子のはたらきを明らかにすることで、害虫と植物の食う-食われるの関係に関わる分子的なメカニズムがいかに進化したかを理解する手がかりとなります。」として、今後の応用と研究の発展に期待を示しています。

植物の食害認識システムを解明! ~食う-食われるの特異的関係における分子機構~

図1 ダイズのHAKを発現させたナズナの防御遺伝子の発現応答
機械傷は針による傷を1枚の葉に30ヶ所程度施した。機械傷を施した葉部位にエリシター溶液を塗って、24時間後の遺伝子発現量を解析した。キチンは、カビ感染に関するエリシター。脂肪酸エリシターはヨトウガ幼虫のOSに含まれる異なるエリシター。
*はコントロール株と比べて統計的に有意に異なることを示す(P < 0.05)。

植物の食害認識システムを解明! ~食う-食われるの特異的関係における分子機構~

図2 HAKを抑制させたダイズの防御活性
*は野生株と比べて統計的に有意に異なることを示す(P < 0.05)。

植物の食害認識システムを解明! ~食う-食われるの特異的関係における分子機構~

図3 ハスモンヨトウの糖エリシターを受容したダイズとナズナにおけるHAKを介した防御応答の分子モデル

用語

※1 受容体様キナーゼ:エリシターなどの分子を認識し、シグナル伝達系を制御するタンパク質。
※2 エチレン:植物のホルモンの一つ。病害虫に対する防御応答を制御する。

論文情報

雑誌名 Communications Biology
論文タイトル Soy and Arabidopsis receptor-like kinases respond to polysaccharide signals from Spodoptera species and mediate herbivore resistance
著者 Takuya Uemura, Masakazu Hachisu, Yoshitake Desaki, Ayaka Ito, Ryosuke Hoshino, Yuka Sano, Akira Nozawa, Kadis Mujiono, Ivan Galis, Ayako Yoshida, Keiichirou Nemoto, Shigetoshi Miura, Makoto Nishiyama, Chiharu Nishiyama, Shigeomi Horito, Tatsuya Sawasaki and Gen-ichiro Arimura
DOI 10.1038/s42003-020-0959-4

エコロジー研究室
基礎工学部 生物工学科
有村 源一郎 教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?67cd

東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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