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2020.04.03 Fri UP

軟骨細胞の足場材となる新たなハイドロゲルの簡便な合成手法の確立に成功
~軟骨の再生医療への応用に期待~

研究の要旨とポイント
  • ●軟骨細胞の足場材となる新たなハイドロゲルを、簡便にone-pot合成することのできる合成経路の確立に成功しました。
  • ●軟骨組織の再生医療は人工関節に代わる治療となりうると期待されていますが、軟骨細胞の足場となる材料は、まだ十分に生体内の足場材を模倣できていませんでした。
  • ●本研究で開発した細胞足場材料の簡易な合成系は再生効率が良く、生体に問題を引き起こしにくいため、人工関節に代わる軟骨の再生医療の発展に大きく寄与すると期待されます。

東京理科大学理学部第一部応用化学科の大塚英典教授、大澤重仁助教らの研究グループは、再生医療用の軟骨細胞を培養する際の足場となる、新たなハイドロゲル(高分子の鎖が形成するネットワークが水などの液体を含んだもの)を開発し、簡便に合成する手法を確立しました。

生体内では、細胞はさまざまな物質から形成される細胞外基質(extracellular matrix: ECM)を足場として増殖するため、体外で細胞培養を行う際も、足場となる材料が必要となります。近年、ECMを模倣した材料として、相互侵入高分子網目構造(interpenetrating polymer network: IPN)と呼ばれる、複数の高分子が互いに絡み合って多重の網目構造を形成するハイドロゲルが、注目されています。

本研究では、キトサン/ポリエチレングリコール/自己会合性ペプチドからなる相互侵入高分子網目ハイドロゲル(以後、IPNゲル)を細胞足場材料として開発しました。さらに研究グループは、ペプチドが自律的に繊維状の構造を形成する現象(自己組織化)と、それに続くキトサンとポリエチレングリコールの共有結合形成によって、IPNゲルを、one-pot(単一の反応容器内)で簡便に合成する技術を確立しました。実際、今回開発したIPNゲルは足場材料として適した構造を持ち、かつ軟骨細胞がIPNゲルを足場として自律的に増殖することも確認されました。

高齢化の進む現代社会おいて、関節疾患は増加傾向にありますが、損傷した軟骨は自然に修復することはないため、再生医療の発展に高い期待が寄せられています。自分の細胞を利用した再生医療は、免疫拒絶反応が起こるリスクもないという点でも、極めてニーズが高い医療分野です。

本研究で開発された新しい細胞足場材料の合成技術は、今後、軟骨再生医療の進展において重要な役割を果たすことが期待されます。

研究の背景

細胞の足場となっている実際の生体内のECMは、さまざまなタンパク質などから構成されています。そのため、生体外で細胞を培養する際に足場として用いる材料も、単一の物質が規則的に並んでいるような単純な構造ではなく、複数の物質が組み合わさって立体的な骨格を形成するものが望ましいとされています。そのため、複数の独立した材料が機能的なネットワークを形成しているIPNゲルが注目されています。
これまで、IPNゲルを合成するには、薬剤の添加や放射線の照射を含む多段階の合成反応系が必要でした。しかし、医療応用のためには、余分な刺激物などを添加せずに簡便合成でき、細胞毒性を生じさせず、より少ない侵襲性で使用でき、損傷部位で効率よく三次元構造を構築できる材料であることが求められます。
大塚教授は、「コロイド・界面化学の学際領域にあるゲル材料は細胞の3次元足場材料として望ましい形態である。その医療応用を通じて、高齢化社会に伴う医療費増大という社会問題の解決に貢献でしたい」という信念に基づき、本研究を行いました。

研究の詳細

大塚教授らの研究グループは、機械的な強度のみならず、ECMの構造を模倣することをも目標とし、自己会合性ペプチドであるRADA16ペプチドネットワークと、異なるメカニズムで合成されるキトサン(CH)を基礎としたネットワーク構造に着目しました。

まず、one-pot合成を可能にする分子の動力学的な結合およびゲル化の特性を明らかにしました。その結果、先にRADA16ペプチドのネットワーク形成が起こり、その後、独立した反応としてN-ヒドロキシスクシンイミド2官能化ポリエチレングリコール(NHS-PEG-NHS)を架橋剤としたキトサンのネットワーク(CH/PEG)が合成される、という順序でIPNゲルであるCH/PEG/RADA16の合成反応が起こることを明らかにしました。CH/PEG/RADA16は、それぞれの単独のネットワークよりも、弾性率が高いことや、足場材料として適した二次構造を多く備えていることも、CDスペクトルの測定から明らかになりました。

また、蛍光染色や走査型電子顕微鏡を用いてミクロレベルでの構造比較をおこなったところ、イオン強度が十分な条件下でのみ、それぞれのネットワークが均等に配置し、CH/PEGネットワーク内に、RADA16ネットワークが入り込んだ状態が形成されることが観察されました。

次に、細胞培養環境で、CH/PEG/RADA16合成のための混合溶液を細胞足場材料として、これにウシ軟骨細胞を混合し、その場でのone-pot合成と同時に細胞を培養する実験をおこないました。その結果、ゲル化が進んでCH/PEG/RADA16のネットワークが合成されると同時に、このネットワーク内に軟骨細胞が均等に取り込まれて細胞増殖と組織化が進むことが示されました。このように軟骨細胞が均質に組織内分布することは、組織再生において不可欠な条件であり、これが実現されたということは軟骨細胞の再生において非常に重要です。

さらに、マウスを用いた生体内での培養実験も行われました。軟骨細胞を保有したIPNゲルを、多孔性のポリ乳酸の基質に充填し、マウスの背部皮下に移植し、8週間後に観察しました。コントロールとして、現在臨床で細胞足場として用いられているアテロコラーゲンを用いて炎症反応を比較したところ、CH/PEG/RADA16はアテロコラーゲンよりも良好な結果を示しました。また、関節軟骨に含まれる成分として重要なII型コラーゲンやプロテオグリカンの蓄積もより多く見られ、軟骨としてもより質の高い組織となっていたことからも、CH/PEG/RADA16の足場材料としての有用性が確認されました。

今回の成果について大塚教授は、「加齢に伴う軟骨の磨耗により膝関節の炎症・変形が引き起こされる変形性膝関節症は超高齢化社会を迎えた我が国における最重要課題の一つです。現在は人工関節への置換が広く行われ、本邦の市場規模の大半を海外に依存しているのが現状です。人工関節は、置換手術後の人生の質(QOL)の低下や10年~20年で再置換の手術が必要となるなどの問題があります。本研究が達成されれば、人工関節に替わる自律軟骨の再生医療が可能となり、QOLの大きな改善につながると考えられます。さらに海外品シェアを国産再生組織製品に移行でき、大きな社会・経済効果が期待されます。」と述べています。

今回初めてIPNハイドロゲルを、混合したその場でのone-pot合成を可能にする手法を確立したことで、細胞足場材料だけでなく、材料開発の様々な分野への応用が期待されます。また、細胞足場としてECMに類似した性質を十分に備えている基質の開発に成功したことで、軟骨細胞だけでなく、他の細胞移植による再生医療への応用も可能であると言えます。本研究で得られた生体への影響が少ないと期待されるハイドロゲルの合成技術は、組織工学の分野だけでなく、ドラッグデリバリーなど様々な医療技術の発展にも寄与すると考えられます。

※ 本研究は、日本私立学校振興・共済事業団の学術研究振興資金(S19-707-00)ならびに日本学術振興会の特別研究員奨励費(19J13789)の助成を受けて実施しました。

論文情報

雑誌名 CHEMISTRY OF MATERIALS
論文タイトル Interpenetrating Polymer Network Hydrogels via a One-Pot and in Situ Gelation System Based on Peptide Self-Assembly and Orthogonal Cross-Linking for Tissue Regeneration
著者 Shohei Ishikawa, Kazutoshi Iijima, Daisuke Matsukuma, Yukiyo Asawa, Kazuto Hoshi Shigehito Osawa, and Hidenori Otsuka
DOI 10.1021/acs.chemmater.9b04725

理学部第一部 応用化学科 教授 大塚 英典
大学公式ページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?A16271

東京理科大学について
東京理科大学:https://www.tus.ac.jp/
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