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2019.11.20 Wed UP

液体の水を利用した光変調器の開発に世界で初めて成功
~界面ポッケルス効果を用いた巨大光変調の実現~

東京理科大学

研究の要旨とポイント
  • ●電解質水溶液とガラス基板上の透明電極薄膜だけで構成される光変調器を世界で初めて開発しました。
  • ●光の変調は、電極と水の界面に発生するポッケルス効果を利用したものです。
  • ●ポッケルス効果とは、物質に対して外部から電圧が加わった際に、その影響で物質の屈折率が変化する現象を言います。水が巨大なポッケルス効果を持つことは、筆者らの過去の研究によって明らかにされていましたが、電極の近傍の非常に薄い層内でのみ見られる効果であるため検出が難しく、より巨視的なスケールで光の変調を取り出せる実験方法が求められていました。

高度情報社会である現代において、光を利用して情報の送受信や伝達を行ういわゆる光デバイスは、私たちの暮らしに欠くことのできないものになっています。中でも、音声や画像などの電気信号を光信号に変換する光変調器は、大容量の情報を高速でやり取りするブロードバンド伝送に不可欠です。現在使用されている光変調器の多くは、電気光学効果の一種であるポッケルス効果を原理として動作していますが、ニオブ酸リチウム(LiNbO3)など比較的高価な電気光学結晶を用いる必要があり、より安価な代替技術の開発が望まれてきました。

東京理科大学理学部第一部物理学科の徳永英司教授らの研究グループは、水の界面上で発生するポッケルス効果から、巨大な光変調信号を取り出す方法を発見しました。ガラス基板上に透明電極を形成し、電解質水溶液に浸して、特定波長の白色光を電極と水の界面で全反射するように入射させ、対極との間に数ボルトの電圧を加えたところ、およそ50%もの光強度の変調が観測されました。この光変調器は水とガラス基板上の酸化物透明電極薄膜のみで構成されるため、従来品と比べサイズがコンパクトであり、製造コストも安価です。

本研究の応用について徳永教授は「商業用に大量生産されている安価な透明電極と水だけを使って、巨大な光変調が得られたことに驚いています。これまでに先例のないユニークな光変調技術ですから、学会、産業界に共同研究相手を広く模索して、新しい応用分野の開拓に繋がることを期待しています」と意欲を述べています。

【研究の背景】

ポッケルス効果とは、物質に対して外部から電圧が加わった時に、物質内部の分極率が変化し、結果としてその屈折率が変化するという現象です。このときの屈折率は加わる電圧に比例し、両者の比例定数(ポッケルス係数)が大きいほど、より高いポッケルス効果が表れます。多くの光変調器では、基板の素材にポッケルス係数の大きいニオブ酸リチウム(LiNbO3)が使用されていますが、これらは実用レベルでは数μmの断面と数cmの長さを持つ単結晶(ポッケルス結晶)の状態で用いる必要があります。この結晶を用いた変調素子は数十万円と高価で、製品の高コスト化の原因となっているため、代替技術の開発が目指されています。

徳永教授は2002年に本学に着任以降、液体界面で発生するポッケルス効果についての研究に継続して取り組んできました。2007年には「水」に巨大なポッケルス効果が存在することを世界で初めて発見し、水に電解質を加えた水溶液と、固体電極の界面におけるポッケルス効果が、電気二重層(EDL;Electric Double Layer)と呼ばれる領域で発生することを明らかにしました(E. Tokunaga et al, 2007)。EDL とは、電解質の水溶液に電極から電位を与えた場合、プラス電極の近傍に陰イオン、マイナス電極の近傍に陽イオンが集まり、電極と水溶液との界面に厚さ数ナノメートルほどの荷電粒子の層を形成した状態です。徳永教授らの研究グループは以前、EDLに対して1 V程度の電圧を印加すると、109 V/mという強い電界が発生し、LiNbO3よりも一桁大きい200~300 pm/V のポッケルス係数が得られることを報告していました(Y. Nosaka et al, 2008)。しかし、水溶液-電極界面でのポッケルス効果はごく薄いEDL層にのみ現れるため、それによる光波長の変調は多チャンネルロックイン計測などの難易度の高い高感度計測技術を用いなければ検出が困難でした。こうした技術を使わず、巨視的なスケールで光変調効果を取り出すことが研究グループの直近の課題のひとつとなっていました。

【研究の詳細】

研究グループは水溶液-電極界面でのポッケルス効果による光強度の変調を検出する方法として、エバネッセント光に着目しました。光が屈折率の高い媒質から低い媒質へと進む場合、入射角が一定以上大きくなると全ての光が反射する全反射が起こります。この時全反射が起きた面の逆側にしみだす光がエバネッセント光であり、その界面方向の波長は、高屈折率の媒質を伝わる光の波長と一致します。また、低屈折率媒質である水とガラスにはさまれた高屈折率媒質である透明電極の中では、両端の反射率が高まり、入射する光の波が何回も往復し、電極の厚さと入射角で決まる共振器の一往復の長さが波長の整数倍と一致する光の波が強め合う共振現象が起こります(共振器効果といいます)。以上の性質から、全反射が起きる角度で界面部分に対し光を入射することで、エバネッセント光が水のポッケルス効果による位相変化を感じ、共鳴(共振)する波長の条件が変化することで、巨大な光信号を取り出すことが可能と考えられました(より専門的には、透明電極にあるわずかな吸収が共振器効果で特定の複数の波長帯に集中するコヒーレント完全吸収が起こりました)。

実験では光を透過させるため、市販のガラス製透明電極基板で、電極薄膜として無色透明なITO(酸化インジウムスズ)およびTCO(透明導電性酸化物)が製膜されたものを選択しました。対極には白金板を採用し、透明電極ガラス基板を白金板と平行になるように配置して、両者を0.1 MのNaCl水溶液中に浸しました。この状態でガラス基板の薄い片側の端面から入射して反対側の端面から取り出すように白色光を入射させながら、振幅1~5V、223 Hzの条件で交流電圧を加えて、光変調の度合いを測定しました。

その結果、厚さ400 nmのTCOを薄膜とした場合、波長675 nm前後の狭い帯域で最大50%の巨大な光強度の変調が観測されました。また厚さ330 nmのITOを用いた場合では、強度の変調は波長575 nm前後で最大となりました。いずれの場合も、巨大な変調が発生する波長は狭い帯域に集中し、高い指向性を有することが分かりました。またこの結果は、電極の膜の厚さや素材を変えることで、変調が起きる光の波長を制御できることを示しています。最適条件では、100%の変調が可能であることが理論的に示されています。

液体の水を利用した光変調器の開発に世界で初めて成功 ~界面ポッケルス効果を用いた巨大光変調の実現~

界面ポッケルス効果を利用した、光変調の取り出し(提供:徳永英司)

【今後の展望】

徳永教授は「本研究の成果は、光通信、ディスプレイ、界面センサーなど、様々な分野に応用できると考えられますが、これまでに先例がないユニークな光変調技術なので、既存技術の代替だけにとどまらず、新しい応用分野が拓けることを期待しています」と述べています。
本研究は、液体界面近傍のEDLで発生するポッケルス効果を動作原理として用いた光変調器の開発に世界で初めて成功したものです。水とガラス基板上の透明電極薄膜の組み合わせという構成によって、既存のポッケルス結晶を安価に代替する可能性があるだけでなく、水が透明な波長170nm までの深紫外光の変調も可能にするものです。これらの特性により、水と透明電極による指向性ディスプレイや、固液界面の物性を探るプローブなどへの展開が考えられます。また、厚さがnmオーダーと非常に薄いため、マイクロ流路や細胞などの微小領域を対象とした計測技術として、物理学、化学、生物学にまたがる広範な研究分野での応用も期待されています。

※ 本研究は、日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(C) JP15K05134)、2019年度 村田学術振興財団 研究助成(自然科学)の助成を受けて実施されました。

【論文情報】

雑誌名 OSA Continuum 2, 3358 (2019) 2019年11月18日 オンライン掲載
論文タイトル Giant Pockels effect in an electrode-water interface for a "liquid" light modulator
著者 DAISUKE HAYAMA,1 KEISUKE SETO,1 KYOHEI YAMASHITA,1 SHUNPEI YUKITA,1 TAKAYOSHI KOBAYASHI,2,3,4 EIJI TOKUNAGA1,2
1. 東京理科大学 理学部第一部 物理学科
2. 東京理科大学 ウォーターフロンティアサイエンス&テクノロジー研究センター (W-FST)
3. 電気通信大学 先端超高速レーザー研究センター 兼 脳科学ライフサポート研究センター (現 脳・医工学研究センター)
4. Advanced Ultrafast Laser Research Center, Development of Electrophysics, National Chiao-Tung University
DOI https://doi.org/10.1364/OSAC.2.003358

徳永研究室
研究室のページ:https://www.rs.kagu.tus.ac.jp/eiji/
徳永教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?3b4e

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