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Research Highlights
RESEARCH

夢の次世代電池
レアメタルフリー「ナトリウムイオン蓄電池」の研究。

駒場 慎一 教授

今、私たちの暮らしになくてはならないスマートフォンやモバイルPCなどの端末には、主にリチウムイオン蓄電池が搭載されており、その性能の高さからハイブリッド自動車にも利用されています。そして今後は電気自動車(EV)への利用や風力・太陽光発電等の自然エネルギーの安定利用のために、さらに大型蓄電池の開発が期待されています。しかし、そうしたニーズにリチウムイオン蓄電池が本格利用されるには、まだ多くの課題が残されています。

将来的な原料供給の不安からスタートした新しい蓄電池への挑戦。

例えばEVの場合、現状では一充電あたりの走行距離がわずか200kmほどで、さらに1回の充電に4~5時間以上かかります。この課題を解決するには蓄電池のエネルギー密度を高めることが重要で、新たな電極材料を開発する必要があります。そしてさらに、リチウムイオン電池に必要なリチウムやコバルト、銅といった希少資源はすべて南アフリカや南米から輸入しており、将来的な原材料の確保に不安があります。そこで私たちはリチウムの代わりに資源の豊富なナトリウムを用いて、次世代のニーズに対応できる新しい蓄電池を開発しようと挑戦をはじめたのです。

酸化チタンから酸素が出てくるのを見たとき、非常に感動しました。本質的に光合成をまねることができたということですからね。植物の葉緑素のように、太陽の力を使って水を分解し、酸素を作ることが可能になったのです。

ナトリウムは海水に多量に含まれるだけでなく岩塩としても産出され、地殻の2~3%を占める豊富な資源です。しかし、私がナトリウムイオン電池の研究をはじめた頃は、リチウムイオン電池は携帯電話やノートPCなどの限られた分野の小型電池として使われており、まだレアメタル資源の確保について心配されることはありませんでした。しかもナトリウムは、リチウムに比べると原子量で約3倍、イオンのサイズも大きく負極にイオンが入り込まず充放電されないという欠点もあり、蓄電容量を考えれば、当時は「リチウム以外の材料で電池を作るのはナンセンスだ」という考えが主流でした。「将来的にリチウムに代わる材料」に興味を抱いていた研究者はほとんどおらず、周囲からも賛同を得られない状況でした。

リチウム全盛の時代に見えてきたナトリウムイオン電池の未来。

そんなリチウムイオン電池の研究が全盛だった当時、私の心を突き動かす出来事がありました。それが、2004年に九州大学が発表したナトリウムと鉄を組み合わせた電極の研究成果です。他の研究者は注目しなかったようですが、私にとってその内容は衝撃的でした。リチウムイオン電池の正極に必要なリチウムとコバルトは希少な金属ですが、周期律表でみると、実はリチウムの隣はナトリウム、コバルトの隣は鉄です。隣り合う元素は性質が似ているのですが、コバルトの代わりにリチウムと鉄を組み合わせても電池性能は高められない。一方、ナトリウムと鉄は電極として相性が良く、将来的な資源不足の不安もありません。私は「これなら“ナトリウムイオン電池なんて無理”という今までの常識を覆せるのではないか」と確信を持ったのです。

そして、さまざまな試行錯誤の結果、私たちの研究室は、2009年にナトリウムイオン電池の負極に用いる炭素材料の改良を重ねることで、世界で初めて100回以上の安定的な充放電が可能になることを発表しました。その後もいろいろな大学や企業で追従研究が行われ、リチウムイオン電池に匹敵する長期充放電が可能なナトリウムイオン電池の報告が数多く発表されるようになり、私自身、今後の研究に大きな手応えと可能性を感じています。

さまざまな分野の研究室が集まる環境だからできる質の高い研究。

現在、研究室がある神楽坂キャンパスの研究棟には30ほどの化学系の研究室が集まっており、分析、合成、光、工学、環境、バイオなど基礎から応用まで幅広い研究が行われています。同じ建物内にさまざまな分野の研究室が集まっていることで、私たちは他分野の研究成果をいち早く知ることができ、「あの研究は、自分の研究にも応用できるのではないか」と感じれば、すぐにその研究室の先生に話を持ちかけることもできます。さらに理科大の総合研究機構では、理学系や工学系の多様な分野の専門の先生たちが連携しながら共同研究を行っており、私自身もいくつかのテーマで異分野の先生方と協力して研究を進めています。今、日本で最新のサイエンスとテクノロジーを同時に学べ、さらにユニークな研究ができる最高の環境が理科大の強みだと思います。

私の研究室では、学部・修士・博士課程の学生27名と外国からのポスドク1名、企業からの研究員1名が所属し、それぞれのテーマで非常に質の高い研究をしています。今ではこんなに多くの学生が集まってくれましたが、私が研究を始めた当初は成果が出るかどうか分からないナトリウムイオン蓄電池の研究になかなか人数を割くこともできませんでした。

しかし研究室の学生たちが、悪条件の中でも根気よく真面目に研究に取り組んでくれたおかげで、驚くような結果を出すことができました。ナトリウムイオン電池の充放電容量を上げるために、壁にぶつかりながらも諦めることなく地道な努力を積み重ねてきたことで、世界の研究者や企業から注目されるような研究ができたことは私の誇りです。

私の研究室は今、ナトリウムイオン電池の研究では世界一だという自負を持っていますが、同時にリチウムイオン電池の可能性についても継続的な研究を行っています。蓄電池の研究は、リチウム系であれナトリウム系であれ、電極材料をどのようにすれば充放電の性能が高まるか、というところに醍醐味があります。コバルト、ニッケル、マンガンなどを使って新物質を生み出したり、最近では砂糖から作った炭素を利用して成果を出した事例もあります。その組み合わせとアイデア、可能性は無限に広がっており、興味は尽きない。本当に面白い世界です。

理学部第一部 応用化学科 教授 駒場 慎一

Shinichi Komaba

早稲田大学大学院 理工学研究科 応用化学専攻 博士課程 修了、日本学術振興会 特別研究員、岩手大学 助手、CNRS ボルドー固体化学研究所(フランス)博士研究員を経て、2005年から東京理科大学へ。2013年より現職。

“2014 RESONATE AWARD”を受賞

RESONATE AWARDは、カリフォルニア工科大学の研究所“The Resnick Sustainability Institute at Caltech”が主催し、未来のエネルギー社会に貢献できる有望な研究に対して表彰するもので、本年度が第1回目、2014年5月19日にカリフォルニアで受賞式が行われました。次世代エネルギーとしてレアメタルを使用しないナトリウムイオン電池に注目し、その電極物質の合成法と充放電(酸化還元)反応に関する研究などを行い、リチウムイオン電池に匹敵する高容量かつ安定的な充放電が可能なナトリウムイオン電池の開発に世界で初めて成功した、駒場教授の研究の功績が認められました。

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