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Research Highlights
RESEARCH

環境に優しい熱電材料
排熱を電気に変換する。

飯田 努 教授

地球上には870万種以上の生物が存在するという論文が、2011年8月24日にカナダ・ダルハウジー大学とアメリカ・ハワイ大学の研究チームにより発表されました[*]。これら全生物のうち、信じられないことに、毎日、100種がこの地球から姿を消しています。わずか1種の人間による大規模な地球環境の破壊により、生態系はどんどん破壊され、私たちの知らないところで生物が消え去っています。このペースが続けば、25年後には約4分の1の生物種が地球上から絶滅してしまうことになります。
私たち人間は、地球上の他の生き物と比べ高度な知能を持っていますが、生態系食物連鎖に支えられた一生物にすぎません。生態系が壊れてしまえば私たち人間も将来的には種を維持することが難しくなります。もっともっと地球規模での環境を気にしなくてはならないと思います。

 

[*]参考文献 Camilo Mora mail, Derek P. Tittensor, Sina Adl, Alastair G. B. Simpson, Boris Worm, “How Many Species Are There on Earth and in the Ocean?” PLOS Biology, August 23, 2011, DOI: 10.1371/journal.pbio.1001127

気候変動と二酸化炭素と責任。

毎年、気候変動への対策を世界的規模で話し合う、国連気候変動枠組条約締約国会議 (COP会議)で、気候変動の主要因である温室効果ガス(二酸化炭素)の排出量削減の議論が行われますが、先進工業国と、現在発展中の国々との意見はなかなか調整できません。すべての国に排出規制をかけたい先進工業国と、経済発展の妨げになるとして削減量を差別化したい発展途上国の考え方には大きな開きがあります。ただ、詳しい調査によれば、大気中の二酸化炭素濃度は1800年代の産業革命、1950年以降の戦後の経済成長とともに明らかに増加しています。ということは、今、問題になっている大気中の二酸化炭素は、私たち先進工業国が過去に出したもので、それが気候変動の原因になっているとも考えられます。現在の私たちの豊かな生活を作り上げるのに、多くの二酸化炭素が排出されてきたのです。

排熱を再び資源に。

私たちの研究室では、過去への責任と、将来の自然との共生、世界のさまざまな人々との共生に向けて二酸化炭素を減らす取り組みをしています。石油・石炭・天然ガス等の化石燃料は使いやすいですが、二酸化炭素を出すうえに、燃料の約70%が未利用のまま「排熱」として棄てられています。世界的に、自動車や産業炉の数は非常に多く、「排熱」の総量はとても大きなものです。今、私たちは、理科(物理・化学)、数学の英知を結集して、「熱」のあるところを、すべて発電所にしてしまおうというプロジェクトを推進しています。世の中で使用されているさまざまなエネルギーは最終的には「熱」になりますので、未利用で排出されている「排熱」を回収して使い勝手のよい電気エネルギーに変換する「熱電発電技術」は、エネルギー・地球環境問題に大きく寄与できる可能性を秘めています。特に現在は重点的に排熱発電を実現する「環境低負荷型半導体」熱電変換材料の開発を行っています。

地球環境温暖化の主因であるCO2排出削減には今後は積極的に取り組む必要があります。すぐに化石燃料の使用を止めることはできませんが、まずは化石燃料の消費を抑えることが重要です。排熱から電気エネルギーを取り出せれば、発電用に新たに投入される化石燃料量を減らすことができると期待されます。今後のエネルギー源として太陽エネルギーのような再利用可能エネルギーの導入は重要ですが、それだけでは十分ではなく、排熱に代表される未利用エネルギーの積極利用が求められています。この取り組みは時として新エネルギーの導入と同様に、あるいはそれ以上に環境負荷を低減させることにつながることがあります。

環境に負荷をかけない排熱発電の構築。

熱電発電そのものは決して目新しいものではなく、これまでも太陽電池が利用できない遠い宇宙などで、人工衛星の電源として開発・使用されてきました。しかし効率のよい熱電変換材料は数多くあるものの、その多くは鉛のように、毒性や有害性や問題のある物質を含んでいます。環境負荷の大きな材料を将来に渡って長期間使い続けることは避ける必要があると思います。特にエネルギー変換用途に使用する材料では、材料自身が有害な物質を含んだり、その製造工程で有害化する恐れのある化学物質が多量に使用されていることは環境負荷の面から今後は十分な配慮が必要です。材料自身や原材料が不適切な形で自然環境へ排出されると環境汚染のみならず人体へ深刻な影響を与えかねません。従来の「性能を最優先する技術開発」においては、環境低負荷性より性能が優先されてきました。しかし広範に技術が拡散する現代においては、何よりも環境への負荷が低い材料・システムの開発が重要です。熱電材料の開発において環境に負荷をかけないソリューションを開発するということは、最大の障壁でありましたが、同時に研究推進の大きな原動力ともなりました。

さまざまなエネルギー熱電変換材料を探索する中で、私たちはマグネシウム・シリサイド(Mg2Si)という材料に照準を定めました。MgもSiも地核中に豊富に埋蔵していますので、エネルギー変換材料として用いても原料の枯渇問題はありません。また、中国や一部の国々に偏在するレアアース等の稀少金属ではなく、世界的に広く分布し、入手しやすい原料から構成されるいわゆる環境低負荷半導体とよばれる材料です。Mg2Siには数多くの利点があります。毒性がなく、埋蔵量が豊富で、他の毒性の材料に比べると安価に活用ができます。さらに軽量という利点も生かし、自動車分野への応用に適しています。
実は、Mg2Siという材料は1950年代後半から知られていました。しかし、Mgの沸点(1090℃)がMg2Si結晶の合成温度(1085℃)と非常に近いところにあり、気化したMgの爆発の危険性により高品質、高耐久なMg2Si製造は実用化されていませんでした。私たちの研究チームでは、全溶融合成プロセスによって、より酸化しにくく耐久性の高いマグネシウム・シリサイドの合成を試み、見事に成功させることができました。これにより、実用可能な試作品の製作にも成功し、現在は、商業化への開発を進めています。

欧州で強化される自動車のCO2排出規制。

2015年以降、EU域内で販売される自動車には、厳しいCO2排出規制が課せられます。車重1372 kgの自動車に対して2015年に130 g/km、2020年からは95 g/kmとなることが決まっています。95 g/kmの規制では、ハイブリッド車や最新のクリーンディーゼル車等を除いて、欧州で現在販売されている大半の自動車がこの規制値をクリアできない状況です。この規制が未達成の場合、極めて高額な95 €/gの制裁金が課せられるため、現状のままではヨーロッパ自動車メーカーには総額数1000億円規模の支払いが想定されています。このため、次の10年間の燃費向上対策は極めて重要な技術課題となっています。今後順次導入されるEUの自動車二酸化炭素排出規制を受け、ヨーロッパとアメリカでは排熱発電によるCO2排出削減技術開発が積極的に行われています。
1,500ccクラスのガソリンエンジンの乗用車では、燃料タンクのガソリンを100とすると、驚くことに、走行に使用されている燃料の割合はわずか16%しかなく、約70%程度が熱として排出されています。 この未利用熱を電気エネルギーとして十分に再利用できれば、現在エンジンに接続されている補器類(パワステ、冷却水ポンプ、エアコン等)を電動化でき、発電機を小型化、あるいは排除することにつなげられ、それら機器で消費される燃料分を削減できるようになります。

急速に増加する自動車に排熱システムを搭載。

2012年に世界中で生産された新車の台数は8,100万台ですが、 EUでは2020年に1億300万台に大きく増加すると予測されています。日本では近年ハイブリッド車や電気自動車等のいわゆるアドバンスドカーが普及していますが、途上国需要を含めた世界的な趨勢では、2020年においてもガソリン車やディーゼル車といった化石燃料ベースの自家用自動車が毎年およそ1億台生産され、今後も世界規模では化石燃料を主燃料とする自動車が大半を占めるのです。加えて、トラックについても当分のところ化石燃料ベース車となることから、自動車分野での排熱発電の実現はCO2削減の意味からも急務となります。

今取り組んでいる、Mg2Si素材開発を2000年にスタートさせて、発電チップ開発、そして発電デバイスの開発へと進んできました。現在は、国内および欧州の自動車関連企業との連携を強め、自動車における実用化研究開発を積極的に進めています。何としても、2020年にEUで導入されるCO2削減規制に間に合うように、「環境低負荷Mg2Siによる自動車排熱発電システムの開発」を推進していきます。

私たちの約束。

世界的な気候変動は現実の問題です。ですので、私たちは現実に行動を起こしています。私たちはこれからも、温室効果ガスであるCO2排出を削減するための取り組みを積極的に続けていきます。
環境のために、より良い研究開発を。製品を使う人にとって、より良いものを作り出せる研究開発を。私たちの世界が、可能な限りクリーンで安全なものになるように絶え間ない努力を続けていきます。

未来はもっと素晴らしいものに違いない。
そうした強い確信こそが進歩に向けての私たちの絶え間ない意欲の源泉です。

先進工学部 マテリアル創成工学科 教授 飯田 努

Tsutomu Iida

1995年明治大学大学院博士課程修了、日本学術振興会 特別研究員、フォルクス・ワーゲン財団 招聘研究員を経て、1997年東京理科大学基礎工学部材料工学科助手、2012年より現職。以来、基礎工学部において半導体エネルギー材料および「環境にやさしい」半導体材料の研究に取り組んでいる。

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