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2019.06.26 Wed UP

「人体インターネット」技術開発を体系化し加速化する新たな知見を報告
~人体通信における信号伝送の等価回路モデリングの有効性~

研究の要旨とポイント
  • ●ウェアラブル機器などへの応用が期待される、人体通信(人体を使用してデータや電力を送信する通信方式)の技術を前進させる画期的な研究成果が発表されました。
  • ● 人体通信システムにおける信号伝達を簡易な等価回路を用いてモデリングすることで、送受信機器の様々なパラメータに対する伝送利得の変化を説明出来ることを示しました。
  • ●この研究により、人体通信の具体的な機器設計手法を体系化するための新たな知見が見出されました。
  • ●将来的に低消費電力かつセキュリティが堅牢で信頼性の高いデータ通信を可能にする人体通信技術の開発の効率化につながる可能性があります。

人体通信 (human body communication; HBC)とは、その名の通り人体を介してデータや電力を送信する通信技術です。従来の通信技術よりもデータ漏えいが少なく、かつ低消費電力で通信が行える可能性があるため、ウェアラブル機器などへの応用が期待されています。東京理科大学の村松大陸氏と東京大学の西田欣史氏、佐々木健教授、山本健太郎氏、および東京工芸大学の越地福朗准教授らの研究グループは、人体通信システムにおける信号伝達の簡易な等価回路モデリングを試みた結果、送受信機器の様々なパラメータに対する伝送利得の変化を説明できることを示しました。この成果はこれまで技術者が試行錯誤的に行っていた人体通信機器の設計の効率を上げ、超低消費電力かつ高信頼の人体通信システムの普及に向けた大きな技術の前進となる可能性があります。

【研究の背景】

Wi-FiやBluetoothなどの無線技術は、リモート接続を容易にし、電子装置の小型化と高速化を進展させてきました。そのひとつの成果が「ウェアラブル」の普及で、スマートウォッチから埋め込み型機器まで、今までのコンピュータとは異なる形で人体と融合しようとしています。しかし、両者とも情報伝送に同じプロトコルを用いており、セキュリティに脆弱性を抱えています。
同時に、人間の体は電磁波を吸収するため、ウェアラブル機器の無線通信にとっては障害となりえます。それなら人体そのものを電磁波の通り道として有効活用できないだろうか?その発想から生まれた技術が「人体通信(human body communication; HBC)」です。

HBCは従来の通信手段と比べて低消費電力かつ堅牢なセキュリティで高信頼性の通信が可能と考えられています。理由のひとつは、距離に応じて急激に減衰する「近接場電界」を信号伝送に用いており、周辺空間に電磁界がほとんど漏洩しないためです。もうひとつの理由は、信号の伝送路が人体のごく周辺で閉じており、他のシステムからの電磁干渉が小さく雑音が少ないためです。HBCでは通信対象となる人や物に「触れる」ことで伝送路が確立するため、ユーザの動作を利用した直感的なヒューマンインターフェースに利用でき、高い信頼性が要求される医療ヘルスケア技術への応用も期待できます。

しかしHBCは研究開発が始まって以来20年ほどが経過する技術であるにもかかわらず、認知度はそれほど高くなく、いまだ大規模な実用化も行われていません。この原因のひとつは、HBCの具体的な機器設計手法が体系化されていないことにありました。
村松氏、西田氏らの研究グループは、この問題を解決するため、HBCシステムにおける信号伝達を簡易な等価回路でモデリングすることにより、送受信機器の様々なパラメータに対する伝送利得の変化が説明できることを実証しました。この研究によって報告された成果は、将来的にHBCを用いた通信デバイスの設計や機能の改善へ応用されることが期待できます。

【研究成果の詳細】

HBC技術では人体に信号を結合させるためにアンテナではなく電極を採用しています。これは電気信号を送信機から人体へ送り出し、反対に人体から受信機へと取り出すために使われ、データ通信を可能にします。HBC受信機は従来の無線通信の受信機ときわめて似た働きをするものの、伝送効率を最大化する機器のフロントエンド設計が非常に難しいという問題がありました。このフロントエンドの設計法を確立できれば、受信する信号電力を最大化できる可能性があります。
最も重要な要素として考えられるのが電極の配置や送信機と受信機の間の距離であり、システム内の入出力インピーダンスや等価電源電圧を左右し、受信する信号電力にも影響を及ぼします。
研究グループは、送信機から人体を経由し受信機へ到達する信号伝送の等価回路モデルを構築することで、これらの特性の分析を試みました。近年利用されているHBCの構成では送信機と受信機双方の接地電極が人体に触れず宙に浮いている状態なのに対し、今回の研究では、手首にウェアラブル機器を装着したユーザが駅の改札機などの大型設置機器にタッチして人体通信することを想定し、信号電極とグラウンド電極の双方が人体に接した送信機(ウェアラブル機器)と、信号電極のみが人体に接した受信機(設置型機器)を用いた実験を行いました。その結果、送信機のふたつの電極同士の距離が大きくなるにつれて、等価回路モデル内の出力インピーダンスが大きくなることがわかりました。さらに、受信機のグラウンドが大きくなるにつれて、伝送に影響する要素であるグラウンドと人体の容量結合が大きくなることがわかりました。
本研究より得られた結果は、低消費電力かつ高信頼のHBCデバイスの設計の方向性を示すとともに、設計プロセスの効率化につながる重要な知見です。

図1
今回実験を行ったHBCシステムに対応する等価回路モデル
Credit: Dairoku Muramatsu & Yoshifumi Nishida, Journal: IEEE Transactions on Biomedical Circuits and System, Source: Equivalent Circuit Model Viewed from Receiver Side in Human Body Communication

【今後の展望】

超低消費電力かつ高信頼のHBCシステムの設計手法が確立されれば、これまで期待されてきた多くのアプリケーションが現実のものとなります。ユーザが身につけた多数のウェアラブル機器やセンサにより、様々な生体信号を時計測・収集・管理するウェアラブル環境下統合ヘルスケアはその典型例でしょう。また、駅の改札や自動販売機などで、スマートフォンや非接触ICカードを取り出す必要もなく、手で触れるだけで電子マネー決済を行うことも可能になります。
研究チームの村松氏、西田氏は次のように語っています。「HBCで用いる近接場電界は距離に応じて急激に減衰するため、信号伝送時に周囲の空間に情報が漏洩することはほとんどなく、秘匿性に優れ低消費電力の通信が可能になります。HBCは使用する周波数帯域の点から高速大容量のデータ通信に不向きですが、認証情報や医療ヘルスケア向けの生体信号データなど比較的低容量のデータを、長期間にわたって少ない消費電力で行う用途では特に優れた技術となるでしょう」。

【論文情報】

雑誌名 IEEE Transactions on Biomedical Circuits and Systems2019年5月22日オンライン掲載
論文タイトル Equivalent Circuit Model Viewed from Receiver Side in Human Body Communication
著者 Yoshifumi Nishida, Ken Sasaki, Kentaro Yamamoto, Dairoku Muramatsu, and Fukuro Koshiji
DOI http://doi.org/10.1109/TBCAS.2019.2918323

樋口研究室
村松助教のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6cf9
樋口教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?52d8
研究室のページ:https://www.rs.noda.tus.ac.jp/~higuchik/

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