東京理科大学の前身である東京物理学校の創設者21人を紹介するシリーズ第3弾は、京都帝国大学理工科大学長 難波正、京都帝国大学理工科大学教授 三輪桓一郎、さらに第三高等学校教授 玉名程三の3人に焦点を当てます。
3人が東京大学理学部物理学科(仏語)を卒業してからのあゆみをたどり、京都大学及び京都市の発展に寄与した研究業績や教育者としての人物像を紹介します。
難波 正(1859-1920) 岡山県士族
文部省官費留学生として渡仏し、東京大学、第二高等中学校を経て1898年京都帝国大学理工科大学教授 第2講座(電気機器)担任となる。1912年京都帝国大学理工科大学長となり、京都市電気軌道事務所顧問、第7代電気学会会長を務めた。
三輪 桓一郎(1861-1920) 東京府平民
東京大学助教授となり、1887年から学習院教授と帝国大学理科大学助教授を兼任した。1900年京都帝国大学理工科大学教授となり1904年には万国数学者会議に出席し、1913年の澤柳事件まで数学を教授した。1914年から東京物理学校主事となる。
玉名 程三 (1861-1937) 長崎県士族 (旧姓 名村)
宮城県中学校、東京外国語学校、第一高等中学校、鹿児島高等中学造士館、第二高等学校へ赴任し、1900年から1911年まで 第三高等学校教授、教務主任となる。
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