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- カフカ短編集教員のコメント
就職氷河期の九十年代末、文学部という将来の見込みが全くないところに迷い込み、何かになりたいものの何になりたいか分からず、ぼーっと時間ばかり過ぎていく日々。そんな中、翻訳家の先生が教える授業で精読した。ほかにも武田泰淳や深沢七郎、フラナリー・オコナーなどをじっくり読み、引用し、解釈することの楽しさを初めて知った。同じカフカなら『変身』も捨てがたいが、「掟の門」「流刑地にて」をはじめ、この短編集に収められた作品の破壊力は一度味わったら忘れられない。当時、おなじグループで発表した学生は「自分は自己啓発本しか読まない」と豪語していた。文学と縁遠いと思っている人こそ読むべし。意味を求めてはいけない。不思議と気持ちが軽くなり、笑いがこみ上げてくる。
- 親指Pの修業時代、上・下教員のコメント
欲望のあり方を相対化するという意味においてニーチェ主義者である著者は、稀代のスタイリストとして評価が高い。だが、本書を通読して分かるように、物語の語り手としても稀有である。「男らしさ」「女らしさ」(はたまた「日本人らしさ」「〜人らしさ」)のようなものが何の根拠もない薄っぺらな物語に支えられているはずなのだけれど、自らが囚われていることに最も気づきにくいことも確か。なぜなら、身体性の一部になってしまっているから。このロジックをひっくり返し、著者は女性主人公の足の親指にペニスが生えてくるという設定を発明した。ゲーテ先生もびっくり、世の中が裏返って見える永遠の教養小説。
- 脳を鍛えるには運動しかない教員のコメント
運動を実施する目的は?と問われると筋肉を増やす、脂肪を減らすというような身体的効果について注目する人が多いと思います。しかし、この本の論旨は、運動の効果は“脳を鍛えること”に尽きる、というものです。最新の科学的知見を基にした運動が脳神経細胞に及ぼす分子レベルの影響から、学校や施設での実践例に至るまで、運動が脳機能を高める効果について幅広く網羅した素晴らしい本です。新型コロナ感染症流行下において、身体活動量が低下している今だからこそ、運動をする本当の意味を理解するためにこの本をオススメします。
- 「やりがいのある仕事」という幻想教員のコメント
人は働くために生きているのではない。仕事をしている人が仕事をしていない人より「偉い」わけでは全然ない。無理して働く必要などないし、人生の生きがいを仕事の中に見つける必要もない。「仕事にやりがいを見つける生き方は素晴らしい」という話は、「どこかの企業のコマーシャル」の煽り文句にすぎない。
本書の指摘は、日本で漠然と共有されている常識に反するように見えるかもしれませんが、間違いではありません。もちろん、「仕事はそれほど重要ではない」という話は、劣悪な職場環境を改善するための努力をも軽視する方向に傾きがちになるので、その点には注意が必要ですが、人生の中での仕事の位置づけを考える(考え直す)ために一度読んでみてください。 - お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?教員のコメント
働くことについて、また少し別の角度からも考えてみましょう。「ベーシック・インカム」という言葉を聞いたことはありませんか? 誰にでも十分に生活できるだけの所得を無条件に保証しよう、という構想のことです。
たとえば、あなたが「働けるけど、働きたくない」と思っているとします。働かなくても十分に暮らしていけるなんて、素晴らしくないですか? そんなの現実的じゃない、と思うでしょうか。しかし何事も、理想や目標を掲げて追求しないと実現しません。ベーシック・インカムという構想は、どういう理想なのでしょうか。それは、追求する価値のある目標なのでしょうか。この本の様々な議論を読んで、ぜひ考えてみてください。 - 隠された奴隷制教員のコメント
今回、「仕事」や「働く」というテーマで最近の新書を紹介していますが、そのなかでは一番堅い、思想史の本です。
17世紀から現代までの時間軸のなかで著者が問うのは、現代では誰もが自分のことを奴隷ではなく「自由な労働者」と思っているけれど、それは本当に正しいのか、という問いです。著者は、現代の労働者もじつは奴隷ではないか、と言います。荒唐無稽だと思うかもしれません。私たちには「職業選択の自由」があるのではないか、と。しかし、本当に選択する自由などあるのでしょうか。実際にあるのは職業選択の義務であって、また、私たちは選ぶ側ではなく「選ばれる側」に過ぎないのではないでしょうか。現代の社会で働くとはどういうことなのかについて、歴史的・地理的な幅をもって考えるきっかけになるでしょう。 - 生活保護から考える教員のコメント
最後に日本の現状から一冊。生活保護が仕事や働くことにどう関係するのだろう、と思うかもしれません。働かなくてもまともに暮らせる状況がちゃんと保証されているかどうかは、働く人にとっても非常に重要です。それがなければ、どんな条件でも働かざるをえなくなってしまうからです。
著者の稲葉さんは、生活保護利用者やホームレスの人たちの支援活動を続けている人ですが、00年代くらいから今も続く「生活保護バッシング」とそれに連動した生活保護の切り下げ政策の問題点を、現場のリアルな経験を踏まえて鋭く指摘し批判しています。7年前の本ですが、残念ながらその指摘は今の社会にも当てはまります。酷い話も含まれていますが、物事を知らずにバッシングに加担してしまわないためにも、一読しておきましょう。 - デカメロン教員のコメント
1348年、イタリアでペストが流行し、約9万のフィレンツェの人口が3万ほどに減ったと言われています。命の危機と儚さを経験したボッカッチョがこの作品で描くのは、生きる喜びとエネルギー溢れる生命力。1348年のイタリアを舞台に、ペストから自主隔離をした男女10人が退屈を紛らわすために1日に1つずつお話を語ります。コロナ鬱も吹き飛ばしてくれるほどの天真爛漫な物語の世界をどうぞお楽しみください。大部の書物と恐れることなかれ。それぞれのお話は数ページと短いし、目次にはそれぞれの話のキャプションが掲載されています。まずは2日目のお話から始めるのはいかがでしょう?2日目のテーマは「散々な目に遭いながら、予想外な目出度い結末を迎えた人の話」です。