私がおすすめする本

堀田 義太郎
堀田 義太郎准教授
哲学、倫理学
野田キャンパス教養部
  • 九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響
    九月、東京の路上で―1923年関東大震災 ジェノサイドの残響
    加藤直樹
    ころから
    2014

    今年、2023年の100年前、1923年に関東大震災がありました。このとき、東京や横浜を中心として関東の路上で、警察や軍隊そして多くの一般の日本人が朝鮮人・中国人を大量に虐殺する事件がありました。この本は、様々な殺戮現場を当時の記録と証言とともに辿った本です。約10年前の本ですが、今あらためて紹介したいと思います。
    「たしか三日の昼だったね。荒川の四ツ木橋の下手に、朝鮮人を何人もしばってつれて来て、自警団の人たちが殺したのは。なんとも残忍な殺し方だったね。日本刀で切ったり、竹やりで突いたり、鉄の棒で突き刺したりして殺したんです。女の人、なかにはお腹の大きい人もいましたが、突き刺して殺しました」
    当時の東京物理学校、今の東京理科大学の学生だった李性求さんのエピソードもあります。
    「9月2日の朝、下宿先(長崎村。現在の豊島区千川、高松、千早、長崎町あたり)を出ると、近所の人から「李くん、井戸に薬を入れるとか火をつけるとか言って、朝鮮人をみな殺しにしているから行くな」と止められた。「そんな人なら殺されても仕方がない。私はそんなことしないから」と言って忠告を聞かなかったのがまちがいだった。」

  • 科学は政治的空白で活動するわけではない
    科学の女性差別とたたかう――脳科学から人類の進化史まで
    科学の女性差別とたたかう――脳科学から人類の進化史まで
    アンジェラ・サイニー
    作品社
    2019年

    「科学」は、個々人の価値観や文化、政治などの影響を受けない客観的なものだというイメージがあります。もちろんそういう分野もあるでしょう。
    しかし、特に人間や動物、生物を扱うような領域では、それは正しくはありません。科学者も人間であり、性別や人種などについて社会で共有されている価値観や文化から自由ではないからです。というより、人は、かなり積極的に知識を得て距離を取ろうとしない限り、既存の支配的な考え方やモノの見方に無自覚に染まっていると考える方が正しいでしょう。
    本書は、主に医学や脳科学そして生物学などを対象にして、男女の役割分担に関する科学者――主に男性科学者――のバイアスを、当事者へのインタビューも含めて明らかにしています。著者が引用する次の言葉が、本書全体を表しています。「最も頭脳明晰な男性ですら、女性について話しだすと鈍感になることに私は気付いた。ジェンダーの話題には、その他の面では見識のある知性をも鈍らせる何かがある」どのように鈍らされているのでしょうか。「男らしさ」や「女らしさ」についての既存の考え方、文化的・社会的な固定観念と先入観をそのままなぞり、強化する方向で観察・分析・考察が歪められるということです。本書には「共感する女脳とシステム化する男脳」などを含めて、どこかで聞いたことがあるような話が必ず一つは含まれています。
    同じ著者の翻訳に『科学の人種差別とたたかう』という本もありますが、それも含めて、本書は科学と社会の関係を具体的かつ重要な事例に即して考えるための入り口として必読です。

  • 「やりがいのある仕事」という幻想
    「やりがいのある仕事」という幻想
    森博嗣
    朝日新書
    2013年

    人は働くために生きているのではない。仕事をしている人が仕事をしていない人より「偉い」わけでは全然ない。無理して働く必要などないし、人生の生きがいを仕事の中に見つける必要もない。「仕事にやりがいを見つける生き方は素晴らしい」という話は、「どこかの企業のコマーシャル」の煽り文句にすぎない。
    本書の指摘は、日本で漠然と共有されている常識に反するように見えるかもしれませんが、間違いではありません。もちろん、「仕事はそれほど重要ではない」という話は、劣悪な職場環境を改善するための努力をも軽視する方向に傾きがちになるので、その点には注意が必要ですが、人生の中での仕事の位置づけを考える(考え直す)ために一度読んでみてください。

  • お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?
    お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?
    エノ・シュミット・山森亮・堅田香緒里・山口純
    光文社新書
    2018年

    働くことについて、また少し別の角度からも考えてみましょう。「ベーシック・インカム」という言葉を聞いたことはありませんか? 誰にでも十分に生活できるだけの所得を無条件に保証しよう、という構想のことです。
    たとえば、あなたが「働けるけど、働きたくない」と思っているとします。働かなくても十分に暮らしていけるなんて、素晴らしくないですか? そんなの現実的じゃない、と思うでしょうか。しかし何事も、理想や目標を掲げて追求しないと実現しません。ベーシック・インカムという構想は、どういう理想なのでしょうか。それは、追求する価値のある目標なのでしょうか。この本の様々な議論を読んで、ぜひ考えてみてください。

  • 隠された奴隷制
    隠された奴隷制
    植村邦彦
    集英社新書
    2019年

    今回、「仕事」や「働く」というテーマで最近の新書を紹介していますが、そのなかでは一番堅い、思想史の本です。
    17世紀から現代までの時間軸のなかで著者が問うのは、現代では誰もが自分のことを奴隷ではなく「自由な労働者」と思っているけれど、それは本当に正しいのか、という問いです。著者は、現代の労働者もじつは奴隷ではないか、と言います。荒唐無稽だと思うかもしれません。私たちには「職業選択の自由」があるのではないか、と。しかし、本当に選択する自由などあるのでしょうか。実際にあるのは職業選択の義務であって、また、私たちは選ぶ側ではなく「選ばれる側」に過ぎないのではないでしょうか。現代の社会で働くとはどういうことなのかについて、歴史的・地理的な幅をもって考えるきっかけになるでしょう。

  • 生活保護から考える
    生活保護から考える
    稲葉剛
    岩波新書
    2013年

    最後に日本の現状から一冊。生活保護が仕事や働くことにどう関係するのだろう、と思うかもしれません。働かなくてもまともに暮らせる状況がちゃんと保証されているかどうかは、働く人にとっても非常に重要です。それがなければ、どんな条件でも働かざるをえなくなってしまうからです。
    著者の稲葉さんは、生活保護利用者やホームレスの人たちの支援活動を続けている人ですが、00年代くらいから今も続く「生活保護バッシング」とそれに連動した生活保護の切り下げ政策の問題点を、現場のリアルな経験を踏まえて鋭く指摘し批判しています。7年前の本ですが、残念ながらその指摘は今の社会にも当てはまります。酷い話も含まれていますが、物事を知らずにバッシングに加担してしまわないためにも、一読しておきましょう。