人文社会分野の担当教員がおすすめする本
- 「やりがいのある仕事」という幻想教員のコメント
人は働くために生きているのではない。仕事をしている人が仕事をしていない人より「偉い」わけでは全然ない。無理して働く必要などないし、人生の生きがいを仕事の中に見つける必要もない。「仕事にやりがいを見つける生き方は素晴らしい」という話は、「どこかの企業のコマーシャル」の煽り文句にすぎない。
本書の指摘は、日本で漠然と共有されている常識に反するように見えるかもしれませんが、間違いではありません。もちろん、「仕事はそれほど重要ではない」という話は、劣悪な職場環境を改善するための努力をも軽視する方向に傾きがちになるので、その点には注意が必要ですが、人生の中での仕事の位置づけを考える(考え直す)ために一度読んでみてください。 - お金のために働く必要がなくなったら、何をしますか?教員のコメント
働くことについて、また少し別の角度からも考えてみましょう。「ベーシック・インカム」という言葉を聞いたことはありませんか? 誰にでも十分に生活できるだけの所得を無条件に保証しよう、という構想のことです。
たとえば、あなたが「働けるけど、働きたくない」と思っているとします。働かなくても十分に暮らしていけるなんて、素晴らしくないですか? そんなの現実的じゃない、と思うでしょうか。しかし何事も、理想や目標を掲げて追求しないと実現しません。ベーシック・インカムという構想は、どういう理想なのでしょうか。それは、追求する価値のある目標なのでしょうか。この本の様々な議論を読んで、ぜひ考えてみてください。 - 隠された奴隷制教員のコメント
今回、「仕事」や「働く」というテーマで最近の新書を紹介していますが、そのなかでは一番堅い、思想史の本です。
17世紀から現代までの時間軸のなかで著者が問うのは、現代では誰もが自分のことを奴隷ではなく「自由な労働者」と思っているけれど、それは本当に正しいのか、という問いです。著者は、現代の労働者もじつは奴隷ではないか、と言います。荒唐無稽だと思うかもしれません。私たちには「職業選択の自由」があるのではないか、と。しかし、本当に選択する自由などあるのでしょうか。実際にあるのは職業選択の義務であって、また、私たちは選ぶ側ではなく「選ばれる側」に過ぎないのではないでしょうか。現代の社会で働くとはどういうことなのかについて、歴史的・地理的な幅をもって考えるきっかけになるでしょう。 - 生活保護から考える教員のコメント
最後に日本の現状から一冊。生活保護が仕事や働くことにどう関係するのだろう、と思うかもしれません。働かなくてもまともに暮らせる状況がちゃんと保証されているかどうかは、働く人にとっても非常に重要です。それがなければ、どんな条件でも働かざるをえなくなってしまうからです。
著者の稲葉さんは、生活保護利用者やホームレスの人たちの支援活動を続けている人ですが、00年代くらいから今も続く「生活保護バッシング」とそれに連動した生活保護の切り下げ政策の問題点を、現場のリアルな経験を踏まえて鋭く指摘し批判しています。7年前の本ですが、残念ながらその指摘は今の社会にも当てはまります。酷い話も含まれていますが、物事を知らずにバッシングに加担してしまわないためにも、一読しておきましょう。 - これが人間か教員のコメント
私の書棚の中で、圧倒的な存在感を示し、「オレはここにいる」と主張している本。
イタリアのトリノ大学で化学を専攻した著者は、1944年2月にアウシュヴィッツに送られ、収容所で生活する「顔のない人間」たちを見る。「これが人間か」。だが、私にとって最も印象的な描写は、「オデュッセウスの歌」という章で、レーヴィがダンテ『神曲』の「地獄編」第26歌を穴だらけの記憶の底から拾い上げ、アルザス出身の学生ジャンに語るシーンである。それは、生き地獄の中で「これが人間だ」と肯定できる奇跡の時間。
「徳と知を求めるため、生をうけたのだ」。この本を読むと、この言葉の意味を実感することができる。そして、どうしても『神曲』が読みたくなる。