研究
高度化された無線通信がもたらす恩恵とは? 【Interview 長谷川幹雄教授】 計算科学、通信・ネットワーク工学
東京理科大学 工学部 電気工学科 研究分野:計算科学 (カオス、ニューラルネットワーク、最適化)、通信・ネットワーク工学(異種無線ネットワーク、コグニティブ無線ネットワーク) |
東京理科大学 工学部 機械工学科 3年 |
無線通信と聞いて皆さんは何を思い描くでしょうか。テレワークやオンライン授業によって、必要不可欠となったWi-fiは無線通信の用途の一つです。現在、注目度が増している宇宙へ居住空間(スペースコロニー)を広げる取り組みにおいて、地上の基地局と通信することが必要とされています。そこで、どのようにAIを活用して最適化された無線通信が応用されているのかについて、東京理科大学工学部電気工学科 長谷川幹雄先生にお話を伺いました。
無線通信における最適化とは
まず初めに、現在どのような研究をされているのでしょうか。
学生時代に行っていた、ニューラルネットワークや最適化の研究を活かして、現在は無線通信の最適化を研究しています。例えば、広範囲で起きる端末の電波の干渉を抑えるために、1.周波数 2 .送信電力 3.通信方式 4.符号化率などのパラメータの最適化をおこないます。今はいろいろな通信システムが共存していて、 その中のパラメータもいろいろあるため、複雑な最適化問題となります。それを最先端の人工知能技術を応用して解きたいと思っています。新しい超高速コンピュータとして現在注目を浴びている量子アニーリング、コヒーレントイジングマシンや、レーザカオスによる超高速意思決定、強化学習なども活用しています。各通信システムの様々なパラメータを最適に設定することにより、通信容量やエラー率が改善されます。他にも、Beyond 5G/6Gにおいて重要視されている、Massive IoTと呼ばれる超高密度通信システムを模擬した自作の実験システムを用いて通信方法の研究をしております。
超高密度通信システムが実際に使われているのは、どのような状況を想定していますか。
Low Power Wide Area (通称: LPWA)と呼ばれる低消費電力で広範囲に通信する技術で問題となるのは、数10 kmの範囲内で干渉相手ができてしまうことです。そこで、複雑に作用する電波の干渉問題を解いて、通信データの容量に応じて、高密度であっても通信が通る状況を想定しています。こちらの写真は、総務省SCOPEの競争的資金を獲得して開発したものです。500台の送信機を使っていて、高密度な干渉状態での通信実験ができます。通信方式は、私たちの提案手法を使っています。シミュレーションが多い無線通信という研究分野で実験も同時に行なっているところは、私の研究室の特徴です。
スペースコロニーで要となる宇宙通信
地上での通信技術をどのように宇宙で応用しようとお考えですか,
宇宙と地上の基地局で通信をするときに、主な問題として物理的距離による通信の遅延が挙げられます。宇宙と地上との通信においても、最適化すべきパラメータが沢山あります。現在は、人工知能を用いてクロスレイヤ制御の最適化をしています。また、雲などの障害物は光通信の妨げとなることから、雲がない地上局を選択する最適化も必要とされています。その解決に向けた研究も始めています。
宇宙での通信技術の最適化を図る上で、優先することはなんですか。
地上のインターネットと高い通信速度かつ最小限のエラーで接続することです。皆さんもご存知のように、日頃使用しているインターネットでは信頼性が高く、エラーがほとんどありませんね。これは、地上通信では世界標準としてTCP/IPというプロトコルが用いられていて、これに含まれるトランスポート層に、間違いなく相手にデータが送信されたかどうかを確認する機能があるからです。それに対して、宇宙との無線通信では物理的距離による遅延が問題となっています。ポイントは、下位層の変調方式、誤り訂正、フレーム長から、上位層のトランスポートプロトコルにおける様々なパラメータ全体をバランス良く最適化することで、スループットが改善できるということです。物理層で、通信速度が速い変調方式/符号化率を選択すると、通信速度は速いけれども、通信エラーが起きやすくなります。反対に、遅い変調方式/符号化率を選択すると、上位層での再送は減ります。そのようなバランスをとって、スループットを最大化しています。
次世代通信6Gがもたらす恩恵
これから将来的にどのように研究で社会に貢献していきたいですか。
最適化をするのに適した量子アニーリングや人工知能を活用しながら取り組まれるBeyond 5G/6Gの研究は、新しい通信方式における様々なパラメータをリアルタイムに最適化することで、通信速度、通信容量、通信品質の高度化に繋がる研究です。
これからさらに力を入れていきたい共同研究はありますか。
Beyond 5G/6Gにおける様々な新技術を対象にして、高速な人工知能を応用しながら無線通信環境全体をリアルタイムで最適化できるようなシステムを研究していきたいと考えています。NTTの共同研究では、コヒーレントイジングマシン(CIM)を使用していて、東京大学成瀬教授との共同研究では、レーザカオスを用いた超高速強化学習を無線最適化に応用しています。IoTの研究では、シミュレーションだけではなく、人工知能の実装にも注力していて、現実的なシステムの開発を続けていきたいです。セイコーホールディングスとの研究では、Bluetooth Low Energy (BLE)をAIによってさらに低消費電力化するもので、特許出願をしているところです。実際にこれから世の中で活用していただけるような人工知能無線の応用に力を入れていきたいと思います。
現在、新技術として注目を浴びている人工知能を応用して、世の中の通信システムに貢献していきたいという先生の強い思いが感じられました。私たちの日常生活の一部に人工知能無線通信システムが活用される日が楽しみになりました。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
インタビューを終えて
今まで先入観で、無線通信の最適化とは、デバイスの小型化をイメージしてきたが、人工知能を応用して、システムによって設定されるパラメータを変えることで目標とする通信速度とエラーに近づけることであることがわかり、非常に勉強になりました。特に、宇宙との通信技術において電波の干渉問題を解決しなければいけないことから、自ら高密度な状況を想定して超高密度通信システムを作成して実験されたことに興味を持ちました。これからBeyond 5G/6Gの研究によって通信の高速化を進めて、社会に貢献したいという強い思いに胸を打たれました。最適化というのは、物事の開発をする上で共通事項になりうることがわかったので、今後の研究に役立てていきたいと思います。最後に、これほど多くの共同研究を同時並行で行なっていてお忙しいにも関わらず、貴重なお時間の中でお話をしていただきありがとうございました。
記事作成:藤井まなみ(宇宙の学び舎seed)
宇宙の学び舎seed |
長谷川 幹雄教授についてはこちら
用語
■ニューラルネットワーク
脳の神経回路の一部を模擬した数理モデルのこと。現在話題のAI(人工知能)を支えている技術。
■TCP/IP
TCPは、送った情報が正確に相手に届いたかを確認しながら通信するプロトコル。IPは、数値が付与されたIPアドレスを用いて通信先の呼び出しを行なってネットワーク通信する方法。TCP/IPは世界標準的に使用されている通信プロトコル。
■クロスレイヤ制御
TCP送信端末のチャネル利用率を下げることで、無線ネットワークでの端末の通信品質を改善する制御方法。
■誤り訂正符号
データを記録したり、伝送したりするときに起こる誤りを受信側が検出して、訂正できるようにする符号のこと。
■量子アニーリング
量子を使って最小エネルギー状態を探す量子計算機です。量子重ね合わせの原理によって、試行の回数を増やすことができるので、最適化問題を解くのに適している方法。