研究

「多目的に最適化できる」とどうなるの?【Interview 立川智章准教授】感性情報学/設計工学・機械機能要素・トライボロジー             

 

東京理科大学 工学部情報工学科 准教授
立川智章 准教授
最適化やデータサイエンスの技術は宇宙に限らず、人の判断をサポートする技術であると考えています。人に気づきを与えたり、見落としがちなところで、最適化技術とシミュレーションが役に立ちます。大規模な社会課題や制約が厳しい宇宙ミッションなど、複数の評価指標を同時に満足する実現可能解を見つけることが難しい最適化問題に対して、適用可能な多目的最適化手法の研究を進めています。
 

 研究分野:感性情報学 (多目的進化計算、遺伝的プログラミング)

      設計工学・機械機能要素・トライボロジー (多目的設計探査)

東京理科大学 理工学研究科建築学専攻 修士1年
穂積佑亮
2017年度、宇宙教育プログラムを3期生として受講。修了後はメンターとして3年間、同プログラムに参加。2019年度、宇宙建築学サークルTNL学生代表。現在、宇宙の学び舎seed創業メンバーとして活動。日本の伝統木造技術を宇宙環境でも活躍する技術へと応用すべく、研究を行っています。

 

 

私たちは商品を購入する際や、決断をする際に、自らの目的に基づいて選択肢を評価し、決定をします。しかしながら、しばしば求める目的は複数あり、さらにはその目的がトレードオフにあることで、どれが最適かを悩む機会も多いのではないでしょうか。例えばノートパソコンを購入する際に、処理速度が速くて駆動時間も長く、さらにはコンパクトで軽量なものが欲しいと考えても、それら全てを高い水準で満たした商品を見つけることは、容易ではないと思います。そうした時に、数多ある選択肢の中から複数の目的を同時に考慮した上で、最適と考えられる候補について提案してくれるツールがあれば、非常に有難いなと思ってしまいます。そんな願いを叶えてくれるのが、立川先生がご研究されている「多目的最適化」です。

多目的に最適化するとは、どういうことなのでしょうか。私たちの生活において、そして宇宙分野において、どのような活躍が期待されているご研究なのでしょうか。東京理科大学 工学部情報工学科の立川智章先生にお聞きしました。

 

 

多目的最適化とは?


立川先生が、現在ご研究されている内容についてお教えいただけますか?

 

 

私は、現在藤井・立川研究室に所属して、藤井先生と松尾先生と一緒に研究をしています。研究室としては「① 流体工学数値解析とデータ分析」「② 多目的設計探査」「③ 社会問題への挑戦」の3つを柱として、産業界とも連携して社会に貢献する情報・計算工学の研究を進めています。

「①流体工学数値解析とデータ分析」は藤井先生が中心となって行っている研究で、現在は翼面上に小さなデバイスをつけて流れを制御する研究などを行い、産業界における流体力学課題の解決を目指しています。私が研究しているテーマは「② 多目的設計探査」「③ 社会問題への挑戦」です。

 


「② 多目的設計探査」は、どのようなご研究をされているのでしょうか?

 

「② 多目的設計探査」は、私が長年研究しているテーマです。ものを設計してつくる際、ほとんどの場合には良くしたい項目が何かしら出てきます。その際、多くの場合は何か一つの目的に絞ってそれを良くしようと考える、単目的最適化と呼ばれる最適化を行います。しかし、単目的最適化を用いてものづくりを行っている現場からは「もっと良くしたい目的が沢山あって、けれども同時に扱えないから一つ一つ最適化しているんだよ」という声が多く聞こえてくるんですね。そうした要望に応える手法が、複数の目的を同時に最適化する、多目的最適化です。しかしながら、複数の目的を同時に扱うことは容易なことではなく、ある一方の良くしたいものを改善すると、ある一方が悪くなるというような、トレードオフな目的が結構あるんです。例えば自動車だと、重量を軽くしたいけれども、軽くすると剛性が悪くなるとか、衝突安全性能が悪くなるとかがあるんです。衝突安全性能を良くしながら軽くするにはどうすれば良いんだろうというのが、実は難しい。宇宙でもペイロードを増やしたいけれど、コストを抑えたいとかがあったりしますよね。そういった複数の目的を同時に解いて最適解を導くための手法そのものを、研究開発しています。

また、単目的最適化の場合は解が1つだけ出てくるのですが、多目的最適化の場合は沢山の解が出てくるんです。そのため、多目的最適化によって結果として得られた多くの最適解の中から、どのように設計の役に立つ知識や提案にもっていくかという、データマイニングの研究にも取り組んでいます。

 

図1 ロケット射点設計に向けた空力音響最適化問題の多目的設計探査 図提供:立川先生


「③ 社会問題への挑戦」は、どのようなご研究をされているのでしょうか?

 

「③ 社会問題への挑戦」は、理科大に移ってきてから始めたテーマで、現在力を入れて取り組んでいる研究です。特に今は交通流に注目しているのですが、もう少し大きく言うと社会シミュレーション及び最適化から社会課題の解決に取り組む研究です。方程式でシミュレーションモデルを作って、解析して、最適化するというのは、これまでもごく普通に行われてきています。しかしながら、人流や、物流、交通流、自動車の流れといった、方程式として扱いづらいもののシミュレーション及び最適化、さらにはそれらが大規模につながったグローバルな流れのシミュレーション及び最適化は行われていません。これから色々なものがつながっていく社会となる中で、局所的な最適化だけをしていたら、それが本当に真の最適解なのかが分からない時代になってきていると考えています。そうした考えから、取り組んでいる研究が三つ目のテーマです。

 

しかしながら、いきなり大規模につないで全部をシミュレーションすることはできないので、航空交通流のシミュレーションモデルの研究から始めています。航空交通流のシミュレーションは、変数が非常に多いことが難しい点のひとつです。そのため、一般的な商用ソフトを用いると、シミュレーションを回すだけでもとても大変です。そこで、セルオートマトンという、非常にシンプルな変数の少ないモデルを用いて航空交通流を考えています。

とはいっても、日本では航空機が1日で数千機飛んでいて、その各機体に1変数を割り振るだけでも、変数が1000を超えます。また、実際には各機体を2変数や3変数で扱うことになるため、シミュレーションはなんとかできても、最適化は到底できないという現状なんです。

 

そうした社会問題を対象とした大規模なシミュレーションで使えるモデルや、最適化アルゴリズム、そこから出てきた解の解析法を考えているのが「③ 社会問題への挑戦」です。このテーマは、今後も長く研究を続けることになると感じています。

 

「② 多目的設計探査」をテーマとした研究では、分野横断的に用いることができる最適化やデータマイニングに関するツールをつくり、それを「③ 社会問題への挑戦」の研究で航空交通流などの社会課題に対して活用することで課題の解決を目指しています。

図2 航空交通流 房総半島より少し南側付近での渋滞の様子 図提供:立川先生


「② 多目的設計探査」「③ 社会問題への挑戦」のどちらの研究でも「最適化」が鍵を握っていると感じたのですが、立川先生が取り組んでいらっしゃる多目的最適化について詳しく教えていただけますか。

 

 

まず、身近なコンピューターを例にご説明しますね。高い計算性能と持ち運びやすさを目的として、最適なコンピューターを選びたいとします。その場合に、高い計算性能を目的として単目的最適化を行った場合は、スーパーコンピューターが最適な解となります。また、持ち運びやすさを目的として単目的最適化を行うと、スマートグラスやスマートウォッチが最適解となります。しかしながら、二つの目的のどちらもを重視して最適な選択をしたいと考える人にとっては、それらはどちらも極端な解となり、最適な選択ではないと考える人も多く出てくるはずです。

そこで、多目的最適化の出番です。目的がトレードオフの関係にある時に、それらの目的に対して多目的最適化を行うと、今回の例であればスーパーコンピューターとスマートウォッチの間に、タブレット、ラップトップ、デスクトップなど沢山の解が出てきます。それらの解候補は、選択者の求める状況次第でどれもが最適な解となり得ますよね。このような、状況次第で最適な選択となる解候補を、できるだけ沢山集めることが、多目的最適化の目指すところとなります。

 

図3 多目的最適化に関する説明図 図提供:立川先生

 

さらに、多目的最適化によって得られた最適解を分析することで、設計知見が得られることも非常に重要です。例えば、翼断面について揚力と抗力に関する目的を定めて多目的最適化を行うと、出てきた最適解は図4のようになります。この図4の赤くプロットされた解候補郡の関係性に注目すると、揚抗比最大のところで傾向が変わっていますよね。実はこの揚抗比最大となる形状がスーパークリティカル翼という、非常に良いとされてる翼型なんです。揚抗比最大の解の左側は、少し形状が変化すると揚力がすごく良くなる領域です。対して、揚抗比最大の解の右側は、形状を変更すると揚力は少し良くなるけれど、それ以上に抵抗の悪化の影響が大きくなる領域です。多目的最適化によって、こうした関係性も見えてきます。多目的最適化は、同時に複数の目的を考慮した上で最適な解候補を提示するだけではなく、最適解が持つ関係性から重要な設計に役立つ知見が得られます。それは単目的最適化では出てこない、多目的最適化だからこそ得られる知見です。

図4 翼断面に関する多目的設計探査 図提供:立川先生

 

 

分野を横断した挑戦

そうして、多目的最適化によって得られた解候補と設計知見が、ものづくりの現場や設計をする上で役立っているということなんですね。そうした多目的最適化は社会問題の解決にも役に立つということですが、「③ 社会問題への挑戦」のお話も具体的に教えていただけますか。

 

現在取り組んでいる問題は、航空機の渋滞(遅延)解消です。航空機の渋滞は、羽田空港で毎日のように起きています。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で便数が減って、状況が違ってきているんですけれど。それ以前は、離陸順番待ちや着陸順番待ちが生じて、遅延が毎日発生していました。

渋滞を考える上で重要となるのは、機体同士の間隔です。自動車渋滞において車間距離が重要な鍵を握るのと同様に、航空機においても機体間の間隔が重要となります。航空機は自動車と違って、空の上で止まることができないので、安全距離を大きめにとるんです。また、現在は航空機間の距離の調整を、機体同士がすごく近づいてから行っているんです。この航空期間の距離を、うまく調整してあげることが渋滞の解消につながります。具体的にお話しすると、現在は千葉の房総半島より少し南側付近で、航空機が非常に混雑しているんです。羽田空港や成田空港の周辺で航空機間の間隔を調整して、混雑しながらも運航しているという状況です。そこで、私たちは渋滞が生じてしまう前に、もう少し遠い場所から予め間隔を調整することで羽田空港周辺での渋滞を解消できるということを、シミュレーションや最適化の結果に基づいて、分析して提案するということを行っています。例えば、今は熱海ぐらいから下降しているのを、もう少し前から下降すると良いですよとか、名古屋ぐらいから減速してあげるとよいですよとか。そういった、研究から得られた知見を国の機関などへ提案しています。

 

シミュレーションや最適化技術によって導かれた運用方針は、渋滞解消に向けた非常に重要な提案であり、また取り入れてもらい易い提案でもあるのではと感じましたが、実際は難しい部分があるのでしょうか?

 

シミュレーションや最適化によって、こうすると良いですよという結果は出てくるんですけど、どうして良くなったのかという説明は出てこないんですね。私は出てくる最適値そのものには、それほど意味がないと思っています。値そのものではなく、出てきた結果や最適値の間にある関係性が知識となって、方針になり、ルールとなります。そうして初めて、社会問題の解決に役立つと考えています。やっぱり、こうすれば良くなるという提案があったとしても、理由も分からずにその提案を採用することは難しいじゃないですか。現場の管制官に、どうしてここで速度制御すると良いかについて、分かりやすい形で提示できないと、受け入れてもらえないんです。機械がどれだけ良い提案を出してきたとしても、人間が受け入れるためには、人間が理解できないといけないので、そこは難しい部分だと感じています。また、実際はその他の細かな部分でも、色々なハードルが出てくると思います。そうした中でも、まずは難しいハードルは抜きにして、最適に飛行させる方法やそこから生まれる価値を提示しながら、現場の管制官やパイロットとコミュニケーションを取ることが重要だと考えています。

 

 

 

図5 航空交通流の最適化 図提供:立川先生

 

社会問題に対するシミュレーションや最適化は、問題を解くことと同等かそれ以上に、社会や人に届けて実現する部分が難しいんですね。今後は航空機のみならず、鉄道や、船舶、他の輸送システムにもどんどん応用していくことをお考えでしょうか?

 

 

今は色々なモノがつながる社会になってきているので、個々の要素で最適化するのではなく、すべてがつながった全体に対してグローバルに最適化する時代が来るのではないかと考えています。航空機から、鉄道、船舶、自動車、もしかすると衛星に至るまで、すべてがつながったグローバルな輸送ネットワーク全体を最適化してみたいと思っています。ただ、現状では問題規模があまりにも大きすぎて扱いきれない状況だと思うので、そこで役に立つツールを作りたいと考えながら、一歩一歩研究を進めています。

 

スペースシステム創造研究センターが実現を目指しているものとして、宇宙居住がありますが、これまで立川先生は宇宙分野ではどのようなご研究に取り組まれていたのでしょうか?また、宇宙居住の実現やこれからの宇宙開発に向けて、今後どのような部分で関わっていこうとお考えかについて教えていただけますでしょうか?

 

 

私は多目的最適化問題に役立つツールづくりをしているので、手法自体は分野横断なんですよね。なので、分野を限らずそういう問題があれば、適用できる可能性が高いと考えています。また、ツールを用いた後に出てきたデータを解析する部分でも、色々な手法でアプローチができると考えています。

これまで宇宙分野では、ロケットの射点形状の最適化や、火星におけるはばたき翼の最適化、月極域探査機の最適な着陸地点探索、イオンエンジンを搭載した深宇宙探査技術実証機DESTINYの多目的設計探査に取り組んできました。今後は、Beyond 5Gにおける宇宙から地上までが多層的に接続されたネットワークに向けた研究で、お役に立てる部分があれば是非協力したいと考えています。また、個人的には工学系の出身ということもあってロボットが大好きで、月にアバターロボットを送り活用するプロジェクトにも興味があります。宇宙居住に関しても、最適な居住地の探索や、居住モジュールの多目的設計探査などにおいて、ご協力できるのではと思います。

 

インタビューを終えて

多目的に最適化することの魅力と難しさを知ることができ、今回のインタビューをきっかけに多目的最適化についてより深く学んでみたいと思いました。また将来的に、大規模につながったグローバルな輸送システムのシミュレーション及び最適化が、私達にどのような提案をもたらしてくれるのかが、非常に楽しみです。

「シミュレーションや最適化技術、データサイエンスの技術は、気づきを与えたり、見落としがちなところを教えてくれたりと、人の判断をサポートしてくれる技術である」という立川先生のお考えが非常に印象深く残っています。立川先生、貴重なお話をありがとうございました。

 

立川先生へのインタビューの様子

記事作成:穂積 佑亮(宇宙の学び舎seed)

宇宙の学び舎seed
大学生が宇宙教育事業に取り組んでいる会社です。
中学・高校で行う宇宙体験教室や、宇宙に関心のある方々への講義を行うオンラインイベントを開催しています。

 

 

立川智章准教授についてはこちら

 

用語

■トレードオフ

一方が良くなると、もう一方が悪くなる関係。両立し得ない関係。

 

■単目的最適化

一つの目的を良くしようと考えて最適化を行う方法。

 

■多目的最適化

トレードオフの関係にある複数の目的を同時に考えて最適化を行う方法。

 

■ペイロード

(ロケットなどに)お金を払って積載してもらう重量。

 

■セルオートマトン

格子状のセルが状態を持ち、単純な規則によって隣接するセルと相互に作用して、時間とともに状態を変化させていく、離散的計算モデル。単純化されたモデルでありながら、複雑な現象に対しても有効なモデルとなる場合がある。

 

■揚抗比

翼に働く揚力と抗力の比。