- 食べものから学ぶ世界史——人も自然も壊さない経済とは?岩波書店2021
コロナ禍の影響でしょうか、英作文の授業で受講生に好きなトピックを自由に選んで書いてもらうと、ブルーライトやアルコールが身体に与える影響、睡眠の質など、健康に関する興味が高まっていると感じます。ここで私がおすすめする本は、そのなかでも特に「食」に関わるものです。この本は、いま私たちの多くがなんの疑問も持たず食べている食事が経済(資本主義)と密接な関係のもとでどう変化してきたかについて、驚くような歴史を提示してくれます。副題に「人も自然も壊さない経済とは?」とあるように、現代の工業的な農業や食のあり方が環境や人間の身体に与える影響についても教えてくれます。好むと好まざるとにかかわらず、食と無関係でいられる人はいませんし、より広い視野を持って遺伝子操作などのテーマを考えるきっかけにもなると思います。この機会に身近な食を通して歴史や経済に関する理解を深めてみてはいかがでしょうか?
- オスとは何で、メスとは何か?——「性スペクトラム」という最前線NHK出版2022
私は幼い頃から「男だから」と言われると違和感がありました。こういった違和感を精緻に考えるにはフェミニズム、ジェンダー論、クィア・スタディーズ、男性学といった人文系の学問がありますが、この本は生物学の視点から思考のヒントを与えてくれます。著者は、生物のメスとオスが全く別個に存在するわけではなく、両者が連続して存在することを「性スペクトラム」という概念を用いて示していきます。たとえば、魚のカクレクマノミは別の性に変わることがあり、人間の性は生涯の中で変化していくというのです。人文学では以前から性別(sex)がそもそも社会の取り決めによってつくられると議論されてきましたが、生物学においても性別を確固として二分できないと見るのが新たな通説になりつつあるのは興味深いです。依然として男女間の不平等や強固な性別役割の規範が残る現代において、おすすめの一冊です。
- テーリー・ガーター——尼僧たちのいのちの讃歌著角川選書2017
私が尊敬する人物の中に、ビームラーオ・アンベードカルという人がいます。彼はインド社会の最下層に置かれる不可触民の出身で、カースト制度という抑圧的な社会の仕組みを廃絶すべく社会運動を牽引しました。ヒンドゥー教がカースト制度を支えているという考えから、晩年には集団で仏教に改宗し、差別批判の立場から釈迦の生涯とその教えを『ブッダとそのダンマ』として書き遺しました(光文社新書に邦訳があります)。専門家ではありませんが、私はこのような差別批判が、釈迦が生きていた当時の「原始仏教」の根本にあると思います。釈迦の死後、権威主義化した小乗仏教は女性を排除していくのですが、それ以前には女性も悟りを開いていました。彼女らの手記は残っており、その翻訳がここで紹介する『テーリー・ガーター』です。植木雅俊さんの充実した解説では釈迦の平等思想がその後歪曲されていく歴史について明快に書かれています。一読をおすすめします。