私の授業改善
佐々木健夫(理学部第二部 化学科 教授)
筆者が理学部第二部の授業を担当して10年が経つ。夜間学部では学生の年齢構成も経歴も多様であるため、授業を受ける学生の学力・知識にかなりの幅がある。筆者の担当は物理化学である。化学現象を、物理学を基にして理解する内容であるので、当然、物理の基本的な知識が必要である。化学科では入試に物理を課していないことも一因であるが、中学校卒業以来、全く物理の勉強をしてこなかった学生も少なくない。物理化学の内容は、熱力学(平衡)、量子力学(構造)、統計力学(反応)を柱とする。高校で物理を履修しなかった学生は、エネルギーについての理解が乏しいため、熱力学や量子力学が一体何を扱っているのかというイメージができず、それが学習意欲の低下につながることが多いようである。授業時間は限られているので、高校物理の内容まで全てを扱うことはできないが、必要な物理概念のイメージがつかめるような解説を心がけている。物理化学の内容は、時間が限られた授業の場で、白紙状態の学生がきっちり理解できるようにすることはまず不可能である。自分で教科書を何回も読み込み、さらに問題を解いてみて初めて理解できるものである。したがって、授業でなすべき最も重要なことは、学生に科目に対する興味を持たせ、自分で教科書を読んでみる気にさせることであると考えている。授業で学生のやる気を出させるためには、面白く興味を引く授業をする必要がある。面白さを突き詰めた授業として思い浮かぶのは、大学受験予備校の授業であろう。大手予備校の有名講師ともなれば分刻みのスケジュールで各地の教室を飛び回り、それぞれの教室を沸かせている。授業への評価査定は厳しく、生徒からの人気が収入に直結するので、生徒を飽きさせず、やる気にさせるためのテクニックは非常に洗練されている。予備校講師の授業スタイルがそのまま大学の授業に適用できるものではないが、学生のやる気を引き出すテクニックには学ぶべきところが多い。筆者の担当は物理化学の中の特に量子化学の部分である。物理そのものの理解が乏しい学生に、シュレーディンガー方程式とその使い方を教えるわけで、ただ教科書どおりに授業を進めたのでは、ほとんどの学生を脱落させてしまうことになる。そこで、完成された量子力学や量子化学の体系を正確に授業するのではなく、量子力学が成立していった過程、つまり科学史的な話に重点を置き、過去の偉大な科学者たちのエピソードを紹介することを心がけている。授業ノートはワープロで整理し、220ページほどのテキストとして学生に配布している。物理化学は化学の基礎であるので、正確に教えなければならない部分も多いが、できる限り面白さを強調することで、学生が自分で教科書を読み、さらに教科書に指定されていない他の専門書にも手を出してみるような気にさせることを目標としている。