2019年 前期:「有機化学1」

2021.07.19
●授業担当教員

 坂井 教郎(理工学部先端化学科 教授)

●授業参観を受けて私の授業を振り返ってみる

 2019年度の「授業改善のためのアンケート」結果に基づく学部選定授業に選定して頂き授業参観を受けました。改めて自分の授業を振り返り、工夫している点を書き留めてみました。拙文が先生方の一助になれば幸いです。
 私の担当は、理工学部先端化学科2年生に開講している「有機化学1(選択必修)」です。目標は前半で有機化学の基本反応を理解してもらい、後半からはその合成反応を元に有用な化合物を紙の上で合成できるまでを設定しています。
教科書は使用せず自作の講義資料(LETUSから随時入手可)を基に、文明の機器は全く利用せず昔ながらの板書で全てを進めています。ただし、板書の際は、チョークの色を意識しています。白を除き強調する側から黄色、赤色、青色の順で優先順位を付けています。これは少し専門的になりますが、反応する点(黄色)、反応を受ける点(赤色)、そして出来る新結合(青色)を学生に視覚的かつ直感的に理解してもらうことが根底にあります。また、話す際は、自分が何を伝えたいのか(自分ペース)よりも、聴く側である学生たちが講義資料をもとに何を聴きたいのか、あるいは何に興味をもつのか(相手ペース)を常に意識して話すようにしています。
 有機合成反応の羅列だけでは集中力がもたないので、理解した合成反応が現実社会でどのように利用されているかを一種の豆知識として挟み込むよう心がけています。学生の理解力を把握する方法としては、単純な有機化合物から別の有機化合物へと紙の上で合成してもらい、課題レポートとしてLETUS経由で提出してもらっています。間違った合成法や授業レベルを超えた力作合成法については次週の授業でコメントするようにしています。
 そのほか、試験時には手書きのA4用紙1枚を参考資料として持込可にしています。2020年度はオンライン形式でしたが、ビデオカメラとホワイトボードを駆使して教室で受講しているものと同形式の板書授業を実施しました。紙面の都合で、全てをお伝えできませんが、授業後の渡辺雄貴先生とのインタビューからも的確なアドバイスを頂き、実にためになることもありました。授業参観も、マンネリ化しがちな授業のブラッシュアップには必要な手段ではないかと改めて再認識しました。

●評価・分析者

 教育開発センター 教育評価小委員会委員長/教育支援機構教職教育センター/理学研究科科学教育専攻 教授 渡辺 雄貴

●紹介内容

 「授業改善のためのアンケート」結果に基づく学部選定授業の1つである理工学部先端化学科の坂井教郎先生による「有機化学1」を参観しましたので、このFD通信にてグッドプラクティスを共有します。
 教育工学者としての役割は、良い実践を教授理論的に支え、学内の万人のものにすることですので、坂井先生の実践を教授理論とともに考察していきます。授業は、自作の講義資料により展開されます。学生の学業レベルは高いという想定がなされており、授業の目指すところは、卒業研究を行う際にも必要な、反応の過程の理解や基礎基本の考え方、専門用語の習得など。授業は座学中心ですが、授業終了5分後にLETUSで小テスト課題が表示され、数日の間に解答を提出しなくてはなりません。授業の評価は、中間テストと期末テストの2回で、テストにはA4で1枚の自筆ノートを持ち込み可としています。
 坂井先生は授業での「集中力の維持」と「モチベーションの喚起と継続」を大切にしており、授業では、反応のプロセスを学生自身が紙面上で再現できることが重要だと考えていました。このため、「今学んでいることは、社会の、生活の、どこにつながっているのか」ということを、生活の中で学生自身が触れるものなどを例に解説が行われていました。さらに、坂井先生自身が、学生時代に経験した授業を批判的に考察し、結論(有機化学の場合は生成物)を先に伝える工夫をしていました。
 学習に対するモチベーション研究では、ジョン・M・ケラーのARCSモデルがあります(※)。このモデルでは学習者のモチベーションを調整するには、「注意」、「関連性」、「自信」、「満足感」の4つの領域が必要だと指摘しています。モチベーションは、高ければ高いほどパフォーマンスが上がるわけではなく、モチベーションが低すぎる人と高すぎる人はパフォーマンスが下がるという研究があります。モチベーションが高い人ほど、この「関連性」が必要になり、「なるほど、生活の中で起こるあの現象はこれだったのか」という納得感が、学習を継続させる原動力になると言われています。坂井先生の授業は、この生活との「関連性」に溢れた授業だったと言えます。また、なるべく学生の方を見て、視線を合わせるように語りかけながら授業を行っていく「注意」や、毎回の小テストによる「自信」などが考えられます。
 このように、坂井先生の授業では、きめ細かな実践を行っていることがわかりました。学生のニーズにマッチさせ、どのような教授学習活動であるべきかという問いに対して、一般解は存在しません。しかし、長年の経験や過去の研究知見から、目の前にいる学生に対する個別解を導くことは可能でしょう。授業設計やモチベーションのデザインについては、LETUSに掲載している第24回FDセミナーの動画教材で復習できますのでご覧ください。

※ジョン・M・ケラー(2010)学習意欲をデザインする-ARCSモデルによるインストラクショナルデザイン,北大路書房

[インタビュー日:2021年7月9日]