宇宙、医療、農業、エネルギー、環境、防災、デジタルトランスフォーメーションなど、現代社会が直面する課題の多くは、一つの専門分野の知識や技術だけで解決できるものではない。異なる専門を持つ人々が、それぞれの知識や技術を持ち寄り、互いに理解し、協働しながら新たな解決策を生み出していくことが求められている。創域理工学研究科の「横断型コース」は、こうした社会の変化を見据え、大学院の専攻の垣根を越えて教育・研究を行う仕組みとして設けられている。その原点は、理工学部創設50周年にあたる2017年に導入された、分野を超えて教育・研究を推進する大学院の教育プログラムにある。
6つのコースからスタートし、現在は、医理工学際連携、農理工学際連携、宇宙理工学、人間安全理工学、エネルギー・環境、防災リスク管理、デジタルトランスフォーメーション、教職の8コースを展開している。学生は、自らの専攻で専門性を深めながら、横断型コースを通じて他分野の知識や考え方に触れ、自分の専門だけでは得ることのできない新たな視点を身につけることができる。しかし、横断型コースの目的は、単に知識の幅を広げることだけではない。異なる専門分野の知をつなぎ、多様な専門を持つ人々と協働しながら、複雑な課題に取り組み、新たな研究や価値を生み出すことのできる人材を育てることを目指している。 「今後はさらに新しいコースの設置も検討しています。時代の要請や先生方の研究の変化に対応し、横断型コース自体も柔軟に形を変えていくことが重要だと考えています」と幸村教授は話す。
自らの専門を深く学ぶことと、専門の垣根を越えて学ぶことは、決して相反するものではない。自分自身の専門という確かな軸を持ちながら、そこに異分野の知識や視点を取り込み、それらを結びつけていく。それが横断型コースの基本的な考え方である。

その横断型コースの一つが「宇宙理工学コース」である。宇宙の謎を解き明かす科学から、宇宙を観測するセンサーや望遠鏡、人工衛星、通信、エネルギー、宇宙輸送、さらには地球観測や有人宇宙活動まで、現在の宇宙研究・宇宙開発には幅広い分野の知識と技術が必要になる。一つの研究室、一つの専攻だけですべてを担うことはできない。宇宙理工学コースには、理学系から工学系まで複数の専攻の教員と学生が参加し、専攻や研究室の壁を越えた教育・研究を行っている。「将来、異なる分野の研究者と共同研究をするとき、相手の専門についてまったく知識がなければ、議論そのものが難しくなります。自分の専門をしっかり持ちながら、異分野の研究者と共通の言葉で議論できるところまで互いに近づくことが大切です」と幸村教授は話す。
幸村教授自身も、X線による宇宙観測を通じてブラックホールなどの天体現象を研究する一方、宇宙観測に用いるX線イメージングセンサーなどの観測装置の研究開発にも取り組んできた。宇宙を「観る」科学と、そのための技術を「つくる」工学の双方に関わる研究である。宇宙理工学コースには、物理学、電気電子、情報、機械、航空宇宙、社会基盤など、多様な専門を持つ研究者が参加している。例えば、センサー技術と回路技術を組み合わせることで、観測装置の小型化や省電力化につながる。人工衛星を活用した災害監視など、宇宙の技術を地上の社会課題の解決に生かす研究も、異なる分野の知識と技術をつなぐことで可能になる。宇宙は、異なる専門分野の知を結びつけ、新しい科学や技術を生み出す格好の舞台なのである。

宇宙理工学コースでは、学生は天体物理から宇宙開発、有人宇宙利用までを俯瞰する「宇宙理工学概論」を学び、さまざまな分野の教員によるオムニバス講義を通じて、それぞれの分野の最先端の研究に触れる。 さらに、自らの研究を異分野の教員や学生の前で発表し、議論する機会も設けられている。専門の異なる相手に自分の研究を理解してもらうためには、自分自身が研究の本質を理解し、それを相手の立場に立って説明しなければならない。こうした経験は、プレゼンテーション能力だけでなく、異分野の研究者と協働するためのコミュニケーション能力を養うことにもつながる。また、企業などから外部講師を招いた講義やディスカッションを通じて、大学で学んだ知識が実社会でどのように生かされているのかを知り、共同研究のきっかけを探る。さらに、進行中の産学連携プロジェクトに学生が参加し、異なる専門を持つ研究者や技術者とともに、実際の課題に取り組む機会もある。
横断型コースが目指しているのは、幅広い知識を持つ人材を育てることだけではない。自らの専門性を基盤として、異なる分野の知識や技術を理解し、それらをつなぎ、多様な人々と協働しながら、課題を発見し、解決に向けた方法を考え、実行に移していく力を育てることである。そこでは、複雑な課題を俯瞰して全体を設計するシステムデザイン能力や、異なる専門を持つ人々をつなぎ、プロジェクトを動かしていくマネジメント能力も重要になる。自身の専攻の研究に加えて横断型コースで学ぶことは、決して簡単ではない。しかし、異なる専門を持つ人々と協力して一つの課題に取り組む経験は、大学を出た後、研究開発や社会のさまざまな場面で求められる力を先取りして身につけることでもある。「学生たちのモチベーションはとても高いです。自分が本当に興味を持っていることに、専門の枠を越えて挑戦できるからだと思います」と幸村教授は話す。
一つの専門を深く究める力と、専門の壁を越えて人と知をつなぐ力。そして、それらを実際の課題の解決へとつなげる力。こうした力を備え、新しい研究やプロジェクトを構想し、実現できる人材を育てることが、創域理工学研究科の横断型コースが目指す教育・研究の姿である。

SDGsが掲げる課題の多くも、一つの専門分野だけで解決できるものではない。環境、エネルギー、防災、医療、食料、都市などの課題は互いに深く関係しており、その解決には、異なる分野の知識や技術を結びつけ、多様な立場の人々が協働することが必要になる。創域理工学研究科の横断型コースは、こうした複雑な課題に向き合うために、自らの専門性を持ちながら、異分野の知を理解し、つなぎ、それを実際の課題に生かすことのできる人材の育成を目指している。さらに、専攻を越えた教員・学生の連携に加え、企業をはじめとする大学外のさまざまな人々との教育・研究を通じた連携も、横断型コースの重要な要素である。専門を深める力、専門を越えて協働する力、そして多様な知を社会の課題解決へとつなげる力。こうした力を持つ人材を育て、新たな研究や技術、価値を社会とともに生み出していくことが、持続可能な社会の実現に向けて横断型コースが果たす役割である。
■ 主な研究内容