人間の常識では考えにくいが、実際にそのような生きものは存在する。生物を広く見た場合、性は必ずしも固定されたものではない。宮川教授は言う「例えば、魚の中には、メスが死ぬとオスがメスに性転換するものがいます。これは社会的な環境の変化ですが、他にもさまざまな環境要因で性別が変わる生きものがいます」。つまり、遺伝的要因に環境的要因が作用して、そこに生まれるのがゆらぎであり、生きものによって遺伝と環境の働き方の割合が異なるという。「爬虫類の中には、環境的要因がほぼ100%を占めるものがいます。例えば、ワニの卵ですが、33度くらいの気温の中に置いておくとオス、30度だとメスになります。カメの卵の場合は、26度でオス、30度でメスになります。ですから、遺伝的要因ではなく環境的要因で性が決まる。そのメカニズムを解明するためのいいモデルだと考え、私は爬虫類に注目しています」と宮川教授。オスとメスがどう分かれているのか、どうつくられているのか、そのメカニズムがようやく解明され始めている。

そうしたゆらぎという概念に注目した場合、生命現象の中には他にも数多くある。生物が生き残っていくために身につけたさまざまな環境応答戦略を解明するために、2025年4月、総合研究院に「生命のゆらぎ研究部門」が誕生した。ここでは、ゲノム・発生などの分子レベル、細胞・組織・器官レベル、生殖・性などの個体・群レベル、生体・進化レベルという4つの研究者グループで、生きものから植物まで、あらゆる階層に見られるゆらぎの研究が行われている。その一例を紹介すると、近藤周教授のショウジョウバエを使った体の組織の左右対称性と非対称性のメカニズムの研究。高橋史憲教授の植物の環境適応と進化を解明し、環境ストレス適応性作物をつくる研究など。「ゆらぎという言葉を使うと、多くの生命現象を説明できるのではないかという考えのもとに、広い分野の研究者に集まってもらっているのが、この研究部門の特長です」と宮川教授。研究者が集まることで、他の分野で先行している技術やデータを取り入れることが可能になるという。また、研究の性質上、生きものの飼育や植物の栽培が必要になるが、それを共有することで研究の効率が上がることも大きなメリットである。

地球の温暖化や化学物質による汚染など、現代は多くの生物にとって環境の変化が大きな時代となっている。しかし、環境の変化はこれまでも繰り返されてきた。生物には変化に対応するためのさまざまな仕組みが備わっている。宮川教授は言う「遺伝的にすべてがプログラムされているわけではない、というところがゆらぎです。ある程度、環境の変化を受け止め、柔軟に対応する力がなければ、存続は難しかったと思います」。その備え方の違いこそが、生物の多様性をかたちづくってきたのではないか。「生物多様性というのは、生態系レベルのゆらぎだと考えられます。いろいろな遺伝子を持つ生物がいるからこそ環境を受け止めて、絶滅しないで済んできたわけです」と宮川教授。ゆらぎに注目して、生物の生き残り戦術を研究することは、今とこれからの環境変化に対応する術を知ることにつながるはずだ。生物種が、環境の変化により絶滅の危機に瀕している現代の状況下で、環境が生命活動におよぼす影響を解き明かすことは、科学が担うべき重要な課題である。
■ 主な研究内容
■ 主な研究内容
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