「きっかけは『サーキットの狼』でした」
現在、博報堂で営業局長を務める伊勢彰さんに、東京理科大学を受験した理由を聞くと、こんな答えが返ってきた。
『サーキットの狼』とは、1975年から79年にかけて「週刊少年ジャンプ」に連載されたマンガ。愛車「ロータス・ヨーロッパ」を駆る主人公が、公道やサーキットを舞台にライバルたちとの競走を繰り広げ、プロレーサーへと成長していく物語である。世界中の名だたるスポーツカーが登場し、“スーパーカーブーム”の火付け役となった作品だ。
「当時は漠然と、クルマのカウル(空気抵抗を減らすため車体についているカバー)をデザインする仕事をしたいと思っていたんです。そのためには流体力学を学ぶ必要があると思い、工学部の機械工学科に入学しました」
大学4年間を通じて、体育会でアイスホッケーにのめり込んだ。アイスホッケー部の練習は、高田馬場にあるスケートリンクの営業時間が終了した夜中に行われていた。
「営業時間外は、リンクを安く借りられるんです。終電でリンクに行って、営業時間が終わるまでロビーで寝て、2時から4時まで練習。終わると終夜営業の居酒屋で飲んで......という生活でした。そんな生活リズムでしたから、研究室での徹夜は得意でしたね(笑)」

卒業後は、自動車メーカーへの就職を考えていたという。
「87年に、あるメーカーが、量産車をベースにレトロな味付けを施したクルマを発表し、話題になっていました。その影響もあって、研究室の教授には“クルマのコンセプトづくりをやってみたいんです”と伝えました」
そんなある日、教授から「博報堂を受けてみたらどうだ」と打診を受ける。伊勢さんにとっては、聞いたこともない会社だった。
「実は就職活動を始めるまで、博報堂という会社を知らなかったんです(笑)。しかし、先生の話によると、僕が好きだったクルマのコンセプトを企画したのは、どうやらその博報堂という広告会社らしい。“へぇ、広告会社はそんな仕事もしているのか”と思いながら、博報堂の人事部に電話をかけて採用試験を受けたんです」
現在、理科大で学ぶ後輩たちには、好きなことにとことん打ち込んでほしいと語る。
「若い時期に、寝食を忘れて何かに没頭した経験が、その人の“ぶれることのない価値観”を形成するのだと思います。若い頃の失敗は、後でいくらでもリカバリーできるものです。恐れることなく、未知の世界にチャレンジしてほしいですね」