※内容は「東京理科大学報」 vol.184 掲載時のものです。

料理やお菓子づくりを通じて
和気あいあいとした時間を

“理系”の頭脳で食卓のきずなを深める
料理研究家
理学部第一部応用化学科卒業

熊谷真由美さん

料理研究家
理学部第一部応用化学科卒業
東京理科大学理学部第一部応用化学科卒業。パリの料理専門学校ル・コルドン・ブルーにて最高免状(グラン・ディプロム)取得。日本菓子専門学校卒。パリのリッツ・エスコフィエ料理学校、ルノートル製菓学校、アカデミー・デュ・ヴァン本科・チーズ・ワインアカデミーなどで研鑽を積む。「タイユヴァン・ロブション」での勤務経験を経て、92年、料理研究家として独立。企業のレシピ開発や、書籍執筆、テレビ出演など活動の場を広げている。

「料理の“理”は理科の理……
とことん理詰めの世界なんです」

 “センス”や“試行錯誤”といったイメージで語られることの多い料理の世界にあって、熊谷真由美さんは異色の存在と言えるかもしれない。
 小学生の時には家族のために魚をさばいて刺身を作り、学校では料理クラブの部長を務めるほどの料理好きだったという熊谷さん。料理と理科との結びつきは、当時から強く感じていたようだ。
「料理をしていると、理科の実験と同じような発見があって楽しかった。例えば青菜をゆでるとき、なぜお湯に塩を入れるのかが知りたくて仕方がない。いろいろ調べて『塩によって水の沸点が上がり、葉のクロロフィルが安定化して色よくゆであがる』と知って『なるほど!』と納得するような子どもでした」
 大学では応用化学科へ進む。意外にも、当時の教授の教えが現在の仕事にも強く影響しているという。
 「『実験は1回で終えろ』が持論の先生でした。実験を行うときは、事前に文献調査を徹底的に行って仮説を立て、最も短時間で効率的に目的物が得られるよう、しっかり考えた上で実験に臨みなさいと。私は料理やお菓子を作るときに10種類以上のレシピを詳細に比較検討した上で“自分の分量”を決め、それから実際の料理に取りかかるんですが、学生時代に学んだ基本姿勢のおかげで、失敗したことはほぼないですね」
 卒業後は担当教授の薦めもあって、電子部品メーカーTDKの開発研究所に就職。半導体デバイスの構造解析を行う部署に5年間勤務した。この頃、アフター5に同僚と通い始めたクッキングスクールが、後の熊谷さんの人生を大きく変えることとなった。

熊谷さんが独自に開発した、プリントロールケーキの数々。繊細な色使いが特長だ。

 「当時、女性の総合職としては好条件の仕事だったし、研究内容にも不満はありませんでした。ただ、構造解析の作業は、一日中真っ暗な部屋で誰とも話をせず黙々と行う仕事なんです。その一方で、人の笑顔をつくり出す料理の世界が、とてもあたたかく輝いて見えた……悩み抜いた上、『好きな料理を仕事にしよう』と決心しました」
 現在は料理やお菓子の教室とレシピ本の執筆を中心に活躍する熊谷さん。身近な素材を華やかにヘルシーに調理する「おもてなしの料理&お菓子」が人気を集めている。テーマは“TEMPS CONVIVIAL”(タン・コンヴィヴィアル=和気あいあいとした時間)だ。
 「子どもの頃、私が料理を作ると、いつも父が褒めてくれました。『今日の盛り付けはおいしそうだね』とか。自分の料理で、大好きな人が喜んでくれることの喜びを皆さんにも伝えたい。人と人との心が通い合い、心のきずなが深まる時間……料理やお菓子作りを通じて、そんなひとときを演出するお手伝いができれば、と考えています」