向井寛人

リカの沼

向井寛人さん
理学研究科 物理学専攻
博士3年※所属学科、学年は取材当時のものです

世界の研究者が挑む「量子コンピュータ」の実現

何もないところから始まった「量子コンピュータ」研究

高校の先生に薦められて理科大を知り、一度は東京に住んでみたいと思っていたこともあり、理科大の物理学科に進学しました。当時苦手だった英語が国公立と比べると比較的易しかったことも、私にとっては受験の決め手となりました。
高校生の頃は、物理を勉強していて分からないと思うことがあまりなく、学びを深めていけば「どんなことでも物理で示せるはず」というイメージを持っていました。しかし、大学に入学し、学年を重ねるにつれて、世の中には分からないことがたくさんあるのだということが見えてくるようになりました。一つの問題が解決すると、また次の問題が出てくる……。そんなまさに“底なし沼”のような学問であることも、現在の博士課程に至るまで研究に引き込まれていった理由だと思います。
まず大学に入って面白さを感じたのは、1年生から3年生まで毎週ある物理実験の授業です。高校の授業では物理の実験はほとんどないので、自分で装置をつくり、観測するなど初めてのことばかりで、当時の積み重ねが、現在にもつながっていることを実感しています。
卒業研究では、新しくできたばかりだった蔡兆申先生の研究室に第一期生として入り、「量子コンピュータ」の実現に向けた研究に取り組み始めました。量子コンピュータとは、超伝導量子ビットを使った、スーパーコンピュータを超える速度を可能にするといわれる次世代のコンピュータです。現在も世界の研究者が、その実現に向けて挑んでいます。元々はこの分野のことをほとんど知らなかったのですが、研究室を立ち上げるということに興味を持ち、純粋に面白そうだと思いました。最初はまだ機材も何もない、ガランとした研究室からのスタートでした。

電子の動きを制御し、量子ビットをつくる

博士課程3年となった現在も、蔡先生の研究室で「量子コンピュータ」の研究に取り組んでいます。
そもそも量子とは、物質を形作っている原子そのものや、原子を形作っているさらに小さな電子、中性子、陽子、光子やニュートリノなどの素粒子が含まれます。この極めて小さな世界は「量子力学」の法則に従っています。しかし量子の世界も実は高校で学ぶような私たちの身の回りの物理法則と全く異なるわけではなく、その考え方を応用して考えることができます。大学の実験の授業で習う減衰振動(振動しながら波が小さくなっていく)といった現象など、目に見える世界と同じことが量子の世界でも起こっています。
量子コンピュータが実現すれば、現在のスーパーコンピュータでは膨大な時間のかかる巨大な整数の素因数分解が、数時間で行えるようになるかもしれません。
この量子コンピュータの根本的な仕組みを簡単に説明すると、「量子ビット」と呼ばれる量子的な性質をもつ情報媒体(量子の情報を保持するもの)を適切にコントロールし干渉させます。それによって計算速度が飛躍的に上がり、半導体のトランジスタを使用しているスーパーコンピュータが不得意とする問題を扱うことができます。
量子の現象は最初に挙げたような小さな粒子の世界で観測されていました。しかし、超伝導現象はその小さな世界より格段に大きな目に見える物質の世界で起こる量子の現象です。
私たちの研究室が扱っているのは、この超伝導と呼ばれる、電流や電圧で表される電子の集団の現象です。超伝導とは、特定の金属などを非常に低い温度に冷却したときに、電気抵抗が急激にゼロになる現象です。しかし、研究が進むにつれ、普段はバラバラに動いている電子たちが集団で整列して動くことで超伝導が起こるということが解明されています。私たちはその動きをうまく制御して量子ビットをつくります。さらに、二つの超伝導体を近づけることで起こる「ジョセフソン接合」もこの研究に不可欠です。

向井寛人

産業につながる基礎研究を目指す

この研究が大変なのは、装置が大型であり、専門分野が多岐に渡ることから実験の準備に時間がかかることです。例えば、ヘリウムでミリケルビンの領域(摂氏マイナス273度程度)に金属を冷却する「希釈冷凍機」を使います。これは「低温工学」「極低温物理」といわれる分野です。また、携帯電話などに使われる「マイクロ波工学」を使うことで量子ビットの測定ができます。量子ビットを備えた超伝導体の素子をつくるには「ナノ工学」の技術も必要です。研究室ではみんなで作業を分担し、情報を共有し合っています。研究室のメンバーは研究の話だけではなく、将来のことなどもいろいろ話すことができ、とてもありがたい存在です。
実験がなかなかうまくいかないことが続くと、私の場合はいったんやめて家に帰って寝ます。研究室にいて全然解決しなかったことが、目覚めたらすぐに解決策がひらめくこともあります。次のステップに進めると、面白さを感じられます。
2018年、2019年は、物理学では世界一の規模であるアメリカ物理学会 (American Physical Society)で口頭発表をしました。発表は英語で、質疑応答もありました。自分でも自信のないところ、懸念した点をするどく突っ込まれるので、あらためて自分の研究の問題を熟考するきっかけになりました。また、国際学会でポスター発表もしました。元々英語が苦手でしたが、研究室には海外の方も多く、必要に迫られてある程度は使えるようになりました。もし、高校生の頃の自分が現在の自分を見たら、すごく驚くだろうなと思います(笑)
研究は果てがなく、この研究室でやり残していることもまだまだあります。今後は研究職に就き、技術の進歩あるいは産業につながる基礎研究を続けたいと考えています。
世界の研究者が挑み、いよいよ実現が近づいてきた量子コンピュータの研究のなかで、「小石」ほどでも功績を残せればと思っています。

向井寛人

沼の外から

朝永顕成

朝永顕成さん理学研究科 物理学専攻 博士2年
※所属学科、学年は取材当時のものです

この研究は、理論も、実験も、測定機器も、全部が沼です。理解すべきこと解決すべきことは底なしに存在します。そんな研究で生じるあらゆる疑問を突き詰めようとする向井さんは、何でもこなすスーパー人材です。新しい問題を見つけると、気が付いたら隅々まで調べていて、沼に飛び込む速度には定評があります。