東京理科大学の
研究者たち

生命の連続性の謎に迫る

理工学部 応用生物科学科前澤創准教授

増加する不妊症の原因を探る

近年、不妊症が増えており、社会問題になっています。不妊の半数近くは男性に関わりがあるとされていますが、精子の形成過程がよく分かっていないため、原因も不明な点が多いのが現状です。また、ヒトのみならずウシなど家畜にも不妊症が増えています。原因は家畜の大型化や性ホルモンの分泌異常などが考えられていますが、これもよく分かっていません。不妊症は、ヒト、家畜ともに共通の問題であり、生殖サイクルの解明が求められています。
私は生殖サイクルの中の精子形成過程に焦点を当てて研究しています。哺乳類に共通の分子機構を解明し、人や家畜の不妊症の原因解明を目指しています。この研究を始めるきっかけは、アメリカのシンシナティ小児病院医療センターへ留学したことでした。元々はDNA修復機構を研究していましたが、留学先で生殖細胞の「エピゲノム」研究に出会いました。
個体発生や細胞分化は、遺伝子発現の変化によってもたらされます。個々の細胞では、ゲノムDNAに刻まれた遺伝情報を必要に応じて取り出しています。エピゲノムは、遺伝子のOn/Offを制御するための目印で、DNAやヒストンに形成される化学修飾です。細胞の中では、DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いたヌクレオソームを形成しています。そして、ヌクレオソームが集合した構造体をクロマチンといいます。エピゲノムによって、クロマチン構造が変化し、遺伝子のOn/Off、すなわち使われる遺伝子が決まります。私たちの体をつくる細胞は、基本的に体細胞と生殖細胞に分類されます。体細胞は、脳や内臓、筋肉や骨、皮膚といった体を構成する細胞のことで、一世代限りの分化を遂げます。一方、生殖細胞は、精子や卵に分化し、受精後に次世代の個体をつくり出す能力を再獲得することができます。生殖細胞では、その分化過程を通して、全能性を再び獲得するための特殊なエピゲノムが形成され、それが生命の連続性に重要な役割を担っています。
留学先の研究機関では、最新の技術を取り入れ、様々な研究者と議論しながら勢いよく研究が進んでいきました。日本の研究生活と異なる点に多くの刺激を受け、生命の連続性の謎を解くおもしろさに引き付けられました。

体細胞型遺伝子発現から生殖細胞型遺伝子発現へと導くしくみ

精子は精原細胞からつくられます。発生の初期に始原生殖細胞から分化した精原細胞は、体細胞分裂を繰り返し、数を増やすと減数分裂期へ移行し、精母細胞に分化します。ここで体細胞型から生殖細胞型へと遺伝子発現プロファイルが変化し、細胞の運命が切り替わります。精母細胞は減数分裂を経て精細胞へと分化し、その後精子が形成されます。
精母細胞では、精原細胞ではたらく遺伝子は抑えられ、精子形成に関わる遺伝子が活性化されています。体細胞型の遺伝子をオフにし、生殖細胞型の遺伝子をオンにするのはどのような仕組みなのでしょうか。私は、マウスをモデル動物として、生殖細胞に特異的に形成されるエピゲノムを解析し、精子形成期における遺伝子発現制御機構の解明に取り組んできました。
その一旦として、発生や分化に機能するポリコーム複合体に着目し、生殖細胞分化における役割を明らかにしました。ポリコーム複合体は、ヒストン修飾を介したエピジェネティックな遺伝子発現制御因子です。私は、ポリコーム複合体の生殖細胞特異的な構成因子やその機能、そしてその標的遺伝子を同定することにより、生殖細胞が分化するための分子機構や、次世代における全能性の獲得を準備するための分子機構を解明しました。さらに、減数分裂期の前後の分化段階で生じる大規模なエピゲノム及びクロマチン構造変化を次世代シーケンサーを用いて解析し、生殖細胞の運命決定を担う遺伝子発現に関与する「スーパーエンハンサー」を発見しました。これらの成果は、生殖細胞が担う根本的な生命原理の一端を明らかにするものです。

細胞のあらゆる情報を網羅的に読み解き、生殖サイクルの解明を目指す

では、生殖細胞においてどのようにエピゲノムの変化が開始し、その後の様々な現象を引き起こすのか。私は現在、マウスやマーモセットなどの細胞を用いて、エピゲノムやクロマチン構造の変化をもたらす要因について精力的に研究を進めています。生殖サイクルには、生殖細胞へと細胞の運命を決定づけるために、一番乗りにやってきてエピゲノムへと変化を導くカギとなる因子が存在するはずです。パイオニア因子と呼ばれるその因子を見つけるための手法の開発も始めました。また、エピゲノム解析に加え、どのような遺伝子がいつどれくらい発現するのかを調べるトランスクリプトーム解析、どのようなタンパク質が発現しているのかを調べるプロテオーム解析、さらに代謝産物を網羅的に調べるメタボローム解析などを組み合わせた多階層解析を多くの科学者とともに進めています。細胞のあらゆる情報を網羅的に読み解き、生殖細胞形成に関わる分子の全貌とその関係性を明らかにすることで、生殖サイクルの解明を目指しています。将来、研究の成果が生殖医療分野や畜産分野へ役立つことを期待しています。

連携したい分野前澤研究室+情報科学

今後は、遺伝子発現、エピゲノム、クロマチン構造、代謝系などのオミクスデータを活用して、生殖細胞が形成されていく数理モデルの構築に取り組みます。精子形成過程における細胞形態変化(核構造変化など)の数理モデルを構築するだけでなく、哺乳類の精子形成期に見られる分化の波のパターン形成の理解を目指します。将来的には、栄養環境変化などの外的要因や遺伝的要因が生殖細胞形成へ与える影響を、in silicoで評価できるシステムを構築したいと考えています。そのためにもぜひ情報科学や数学分野と連携していきたいです。