2020.07.09 Thursday

手裏剣型の格子を形成する初の磁性体で量子スピン液体状態を観測
~スピントロニクスへの応用に期待~

研究の要旨とポイント
  • ●磁性イオンCu2+が手裏剣型に配置した格子(正方カゴメ格子)を形成する、初の化合物KCu6AlBiO4(SO4)5Clの合成に成功しました。
  • ●本物質では、これまでの理論的研究からは予想されていなかった量子スピン液体状態が実現していることを実験的に検証しました。
  • ●量子スピン液体を使った新しいスピントロニクス、量子コンピュータへの応用が期待されています。

東京理科大学理学部第一部物理学科の藤原理賀講師、満田節生教授、応用物理学科の森田克洋ポストドクトラル研究員(当時)、遠山貴巳教授は、新しい情報処理の方法として、量子コンピュータの技術開発に繋がることが期待される量子スピン液体状態を、正方カゴメ格子において初めて実験的に検証することに成功しました。

電子は、マイナスの電荷を帯びた粒子としての性質と、ミクロな磁石(スピン)としての性質を併せ持ちます。ほとんどの磁性体では、結晶における原子の配列と同様に、スピンは長距離磁気秩序(※1)と呼ばれる規則正しい配列を形成します。しかし、特殊な格子構造を持つ一部の磁性体中では、絶対零度においても、スピンが液体のように流動的に振る舞う状態である量子スピン液体状態が実現することが知られています。この状態を示す物質中で期待されているスピンの(量子力学的)振る舞いは、量子コンピュータやスピントロニクス(※2)デバイスへの応用が期待されています。量子スピン液体状態を実現するために、現在までに多くのモデル物質が検討されてきましたが、格子欠陥などを原因として、未だ確立することができていません。

今回の研究では、探索が進められてきた格子系とは異なる『正方カゴメ格子』を形成する初の化合物であるKCu6AlBiO4(SO4)5Clを合成し、量子スピン液体状態の実験的検証に初めて成功しました。さらに、今回実施された実験の結果は、数件存在する理論研究の結果とは一致しないことを示しており、正方カゴメ格子磁性体におけるさらなる理論研究の必要性が示唆されました。

研究の背景

物質中に存在する電子はすべて、スピンと呼ばれる磁石のN極やS極のような配向性をもち、磁性イオン(※3)に由来して物質は様々な磁性を示します。特に、低温条件下においてスピンの熱揺らぎが抑制されると、近接する磁性イオン同士のスピンの相互作用(平行(↑↑)もしくは反平行(↑↓)に揃おうとする)によって、強磁性や反強磁性などの、長距離で秩序をもったスピンの整列様式をとります。このスピンの長距離秩序を阻害することにより、スピンが持つ本来の量子力学的性質が顕在化し、物性物理学的に興味深い現象を実現することができると考えられています。その中でも近年注目を集めているものが、「量子スピン液体 (QSL)」です。QSLとは、熱力学的にはエントロピーが0になると考えられる絶対零度においても、スピンが整列せずに液体のように流動的に振る舞う状態です。隣り合うスピンが互いに反平行になろうとする配向性をもつ反強磁性体が、特殊な対称性をもつスピンの配列構造(格子と呼ばれる)を有している場合に、幾何学的フラストレーションと呼ばれる不安定性により、長距離磁気秩序の形成が阻害された結果、QSL状態となることが予想されています。QSLが持つ分数励起、強い量子ゆらぎ・量子もつれなどの特性は、低消費電力での情報伝達・処理やエネルギー変換に利用できるため、スピントロニクスや量子コンピュータの発展に資する可能を秘めています。

特に、1972年にチリの採掘場で発見されたハーバートスミス石という鉱物は、カゴメ格子(※4)を形成していることが判明し、さらに人工合成されたハーバートスミス石では、QSL状態の可能性も確認されたため、理論、実験の研究結果が多数報告されました。磁性イオンが一次元的に配列した場合におけるQSLは理論と実験の双方で研究が進んでいて、2次元配列においても、QSLの発現が理論的に予想される三角格子やカゴメ格子などを有するモデル物質の検討が行われてきました。しかし、ハーバートスミス石を含め、結晶中の格子欠陥などの原因により、QSL状態が観測されたと言い切れるモデル物質はほぼ存在しないのが現状です。

本研究では、一見カゴメ格子とよく似ていますが、その幾何学的特徴は全く異なる正方カゴメ格子 (SKL) を形成するKCu6AlBiO4(SO4)5Clの合成に成功し、SKL反強磁性体におけるQSL状態の発現の可能性を実験的に明らかにしました。

研究結果の詳細

本研究では、Cu2+がSKLを形成するKCu6AlBiO4(SO4)5Clの合成、および、磁気測定や熱力学測定、μSR(ミュオンスピン回転・緩和・共鳴:※5)測定、非弾性中性子散乱実験(※6)を用いて、SKL上でのQSL状態の実験的検証を行いました。

QSLの特性として、絶対零度に近い低温において、スピンの長距離秩序がないこと、スピンの量子揺らぎが存在すること、磁気励起の連続体化などが挙げられます。

KCu6AlBiO4(SO4)5Clは、カムチャツカ半島産鉱物であるKCu6FeBiO4(SO4)5Clを基に合成されました。この目的化合物の結晶構造の特徴として、SKLを形成するCu2+の層とそれを挟み込む非磁性層の層間距離が大きく、また、非磁性層の原子とCu2+の価数が異なることが挙げられます。これらの特徴により、ハーバートスミス石などで確認された格子欠陥が生じにくいと考えられています。

KCu6AlBiO4(SO4)5Clの磁気的性質や熱力学的性質を調査したところ、1.8 Kという低温において、スピンの長距離秩序が存在しないことが示唆されました。μSR測定により、さらに低温の58mKまで、長距離磁気秩序やガラスのような無秩序凍結を示さないことが分かりました。中性子非弾性散乱実験の結果、ギャップの無いスピノン由来の連続体励起(スピノン励起:※7)が観測されました。これらの実験結果から、KCu6AlBiO4(SO4)5Clの基底状態におけるQSL状態の発現が強く示唆されました。

隣り合う磁性イオン間に働くスピンの相互作用のみを考慮した理論モデルを用いて数値計算を行ったところ、磁気的性質の実験結果を再現することができた一方で、最隣接だけでなく第二隣接の相互作用を考慮に入れても非弾性中性子散乱の結果を再現することはできませんでした。また、実験結果より存在が示唆されたスピノン励起は、その原因を理論的に説明することは、現時点ではできません。これらのことから、QSLの更なる詳細な特性を掴むためには、より現実的で複雑なスピンの相互作用を組み込んだ理論を構築する必要があると言えます。

近年のQSL研究は、スピノンが示す分数励起、強い量子ゆらぎ・量子もつれなどの特性を生かすことで、スピントロニクスや量子コンピュータの発展に資する可能性を秘めています。今回の成果によって、三角格子やハニカム格子のような正多角形の結晶構造に縛られずに、QSLを実現する物質を検討する幅が広がりました。

※ 本研究は、ポスト「京」プロジェクト(CDMSI)、HPCI戦略プログラム(SPIRE)、日本学術振興会科学研究費の助成を受けて実施したものです。

用語

※1 長距離磁気秩序:離れた位置にある原子同士に秩序(一定の繰り返しパターン)がみられること。
※2 スピントロニクス:電子の持つ電荷とスピンという2つの性質を工学的に利用する分野
※3磁性イオン:最外殻軌道に位置するスピンが電子対を作る場合、各電子のスピンをそれぞれの電子がお互いに打ち消しあうために、外部から見て磁気は発生しない。3d遷移金属イオンや4f希土類イオンでは、電子対を作らない場合があり、それらは磁性イオンと呼ばれている。
※4 カゴメ格子:原子が竹などで編んだ籠の目(籠目)のように配列したパターン。
※5 μSR(ミュオンスピン回転・緩和・共鳴):スピンがある特定の方向に偏ったミュオン(ミュー分子)と呼ばれる素粒子を物質に注入し、そのふるまいから物質の様々な性質を調べる手法。
※6 中性子非弾性散乱:試料物質に中性子を当てた際の非弾性散乱を測定・解析することで、資料物質の原子の並び方や原子の動きを調べる実験手法。
※7 スピノン励起:スピノン励起とは、1/2や1/3などの分数スピン(スピノン)の励起。通常の磁性体中のスピンとは異なり、長距離での粒子間相互作用の伝搬が理論上可能になる概念。

論文情報

雑誌名 Nature Communications
論文タイトル Gapless spin liquid in a square-kagome lattice antiferromagnet
著者 Masayoshi Fujihala, Katsuhiro Morita, Richard Mole, Setsuo Mitsuda, Takami Tohyama, Shinichiro Yano, Dehong Yu, Shigetoshi Sota, Tomohiko Kuwai, Akihiro Koda, Hirotaka Okabe, Hua Lee, Shinichi Itoh, Takafumi Hawai, Takatsugu Masuda, Hajime Sagayama, Akira Matsuo, Koichi Kindo, Seiko Ohira-Kawamura, and Kenji Nakajima
DOI 10.1038/s41467-020-17235-z
藤原 講師

大学公式HP:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?6a18

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