2020.05.26 Tuesday

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋
~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

研究の要旨とポイント
  • ●遺伝暗号は地球上の生命システムの根幹を成していますが、これがどのようにして生まれ、現在の形に進化してきたのかを示唆する証拠は見つかっていませんでした。
  • ●本研究では、古細菌ナノアーキアのアラニルtRNA合成酵素のアミノアシル化現象から、遺伝暗号がどのような道筋を経て進化したかを示唆する重要な手掛かりを発見しました。
  • ●遺伝暗号を成立させるtRNAのアミノアシル化は、タンパク質合成の鍵となる反応であり、今後、遺伝暗号を利用した新しいタンパク質工学・核酸工学への新たな展開が期待できます

東京理科大学基礎工学部生物工学科の田村浩二教授らの研究グループは、世界最小のゲノムサイズを持つ古細菌(ナノアーキア)のアラニルtRNA合成酵素(AlaRS)を用いた実験によって、すべての生命体に共通に存在するアルゴリズムである遺伝暗号に先立って進化したと考えられている「オペレーショナルRNAコード」(tRNAAla [アラニンが特異的に結合するtRNA]に存在するG3:U70塩基対はその名残と考えられている)が原始遺伝暗号として機能するようになった進化的道筋を示唆する重要な手がかりを発見しました。今回の研究成果は、地球上の生命システムの根幹を成す遺伝暗号がどのようにして生まれ、現在の形に進化してきたのかという生物の本質に迫る重要な発見です。

ナノアーキアのAlaRSはαとβという2本のポリペプチド鎖から構成されていますが、α鎖やβ鎖は、単独ではtRNAAlaへのアミノアシル化活性[アラニンをtRNAAlaに特異的に結合する活性]を示さないというのが従来の常識でした。しかし今回の研究によって、α鎖のみの時はG3:U70塩基対に依存しないtRNAAlaへのアラニン結合活性があり、これにβ鎖が加わった時に初めて、G3:U70塩基対に依存した活性を生み出すことが明らかになりました。
さらに、tRNA の原始型であると考えられる「RNA ミニヘリックス」を用いてアミノアシル化を解析したところ、アミノ酸結合部分に近い「ディスクリミネーター」と呼ばれる塩基が、G3:U70 塩基対に依存しないα鎖による認識に重要であることも突き止めました。

本研究は、地球上の生命システムの根幹を成す遺伝暗号がどのようにして生まれ、現在の形に進化してきたのかという本質的な問いに対して、現在の生物に残された手がかりを発見した極めて重要な成果であり、今後、分野の垣根を越えた大きな波及効果が期待されます。

本研究成果は「Journal of Molecular Evolution」誌にオンライン版で先行公開され、本研究のグラフィカルイメージ(下図)が同誌の8月号の表紙に選出されました。

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋 ~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

研究の背景

生物の主要な構成成分であるタンパク質は、20 種類の標準アミノ酸(※1)が、DNA の情報を写し取ったmRNA の塩基配列に従って、リボソームと呼ばれる構造物上で、鎖状につながることで合成されます(ポリペプチド鎖の合成、図1)。

それぞれのタンパク質は20種類のアミノ酸が固有の順番に並ぶことによって機能を発揮しますが、アミノ酸の配列はmRNA上の三連の塩基配列(コドン)によって指定されています。このmRNAとアミノ酸の対応関係は遺伝暗号(標準遺伝暗号)として知られ、すべての生命体に共通に存在するアルゴリズムです(図2)。

遺伝暗号は、アミノアシルtRNA 合成酵素(aaRS)という酵素が、対応するtRNA(※2)に対応するアミノ酸を結合させ(tRNA のアミノアシル化[※3])、アミノ酸の結合したtRNAが順番通りに正しくmRNAのコドンと対応することで成立します(図1)。

tRNAは L字型の立体構造を持ちますが、これは原始型である「RNAミニヘリックス」が重合して進化したと考えられています(図3)。それぞれのaaRS は、一般的に、tRNA のアンチコドンの塩基配列を認識して対応するアミノ酸を結合させます。しかし、タンパク質を構成するアミノ酸の1種であるアラニン(Ala)を専用のtRNA(tRNAAla)に結合させる酵素(AlaRS)は、tRNAAlaのアンチコドンではなく、tRNAAla に共通に存在するG3:U70塩基対を特異的に認識して、tRNAAla にAlaを結合させていることが1988年にNature誌とScience誌にほぼ同時に報告され、「第2の遺伝暗号」の可能性が指摘されてきました(図3)。

このG3:U70 塩基対に代表されるRNAミニヘリックス構造上に見られるaaRSによる認識部位は、進化的に、アンチコドンに先立つと考えられており、標準遺伝暗号に依拠しない原始遺伝暗号としての「オペレーショナルRNAコード」という概念が生み出されました(図3)。しかしながら、どのようにしてtRNAAlaのG3:U70 塩基対がAlaRSによって認識されるようになったのかについては、今日まで解明されていませんでした。

田村教授らの研究グループは、古細菌で最もゲノムサイズの小さなナノアーキア(Nanoarchaeum equitans(※4))のAlaRS を用いて、tRNAのアミノアシル化現象について検証しました。

研究の詳細

ナノアーキア以外の生物のAlaRS は1 本のポリペプチド鎖ですが、ナノアーキアのAlaRS はαとβという2本のポリペプチド鎖から構成されています。α鎖やβ鎖は、単独ではtRNAAlaへのアミノアシル化活性を示さないというのが従来の常識でした。しかし本研究によって、α鎖のみでもtRNAAlaへのアラニン結合活性を有することが発見されました。

さらに驚くべきことに、ナノアーキアのtRNAAlaにもG3:U70塩基対が存在しているにもかかわらず、α鎖のみによる反応の場合には、G3:U70塩基対に依存しないtRNAAlaのアミノアシル化が起こっていたのです。そして、G3:U70塩基対に依存した活性は、α鎖にβ鎖が加わった時に初めて生み出されることも明らかになりました。

研究グループは、tRNA の原始型であると考えられるRNA ミニヘリックスを用いたアミノアシル化の解析も行い、アミノ酸結合部分に近いディスクリミネーターと呼ばれる塩基が、G3:U70 塩基対に依存しないα鎖による認識に重要であることも突き止めました(図3)。

tRNAAlaのミニヘリックス部分に存在するG3:U70 塩基対は、アンチコドンに先立って確立された原始遺伝暗号(オペレーショナルRNAコード)であったことが考えられますが、この実験によって、さらにG3:U70 塩基対が出現する前には、RNA ミニヘリックスよりも小さなRNA が「超原始tRNA」として機能していた可能性が示唆されました(図4)。ナノアーキアのAlaRS のα鎖にβ鎖が付け加わっていく過程に見られるように、現在の遺伝暗号は、「超原始tRNA」(ディスクリミネーター)→「RNAミニヘリックス」(オペレーショナルRNAコード)→「tRNA」(アンチコドン)というように、aaRSによる認識部位の変遷を通して、成し遂げられてきた可能性を示すものです(図4)。

このように、本研究では、標準遺伝暗号に先立つオペレーショナルRNAコードがいかにして成立したかを明らかにする重要な手がかりを発見しました。これは、地球上の生命システムの根幹を成す遺伝暗号がどのようにして生まれ、現在の形に進化してきたのかという本質的な問いに対して、現在の生物に残された手がかりを発見した極めて重要な成果です。

研究を行った田村教授は「生物は、DNA 上に保存された情報を使って、生命活動を営んでいます。この情報は、単にA、T、G、C という4 文字の繰り返しから構成されているものに過ぎませんが、この文字列を実際に動かす共通に存在するアルゴリズムが遺伝暗号です。遺伝暗号を成立させるtRNAのアミノアシル化は、タンパク質合成の鍵となる反応であり、今後、遺伝暗号を利用した新しいタンパク質工学・核酸工学への新たな展開も期待できます。科学のブレイクスルーは、ほぼすべて好奇心に突き動かされた研究から出てきたものであり、本研究の成果も例外ではなく、生命の起源の謎に迫るとともに、多くの分野に大きな波及効果をもたらす可能性を秘めています。」として、今後の研究に意欲を示しています。

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋 ~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

図1 tRNAのアミノアシル化とタンパク質(ポリペプチド鎖)の合成の概略。アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)が、対応するアミノ酸とtRNAを結合させ(tRNAのアミノアシル化)、アミノ酸の結合したtRNA がmRNA のコドンと対応し、リボソーム上でタンパク質が合成される。 

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋 ~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

図2 標準遺伝暗号表。mRNAの塩基配列とアミノ酸配列との変換ルールであり、3文字からなる64 種類のコドンを20 種類のアミノ酸と対応させている。標準遺伝暗号は、少数の例外を除き、すべての生物で共通して使われている。 

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋 ~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

図3 tRNAとRNAミニヘリックス。tRNAはL字型の立体構造を持ち、多くのaaRSは、主として、tRNAのアンチコドンの塩基配列を認識している。RNAミニヘリックスはtRNAのL字型構造の原始型と考えられ、アラニルtRNA合成酵素(AlaRS)は、tRNAAlaのG3:U70塩基対を特異的に認識する。このG3:U70塩基対は、標準遺伝暗号に先立つ「オペレーショナルRNA コード」の名残と考えられている。

古細菌ナノアーキアが示す遺伝暗号の進化の道筋 ~アラニルtRNA合成酵素の認識部位の変遷が鍵~

図4 ナノアーキアのAlaRSに見られる遺伝暗号の進化。α鎖にβ鎖が付け加わっていくに従って、「超原始tRNA」→「RNAミニヘリックス」→「tRNA」というように、aaRSによる認識部位が変遷し、遺伝暗号が成立した可能性を示している。(この図4、および、本研究のグラフィカルイメージ(冒頭の図)は共同研究者である本学基礎工学部電子応用工学科の安藤格士講師により作成された。)

用語

※1 アミノ酸:アミノ基とカルボキシル基をもつ有機分子。タンパク質の構成単位となる。生物は通常、20種類の標準アミノ酸をもとに、タンパク質を合成する。図1参照。

※2 tRNA:運搬RNA(transfer RNA)。tRNAの一端には特定のアミノ酸が結合し、遺伝子の塩基配列に応じた適切なアミノ酸を運ぶ役割をする。RNAはヌクレオチドと呼ばれる分子が鎖状につながった構造をしており、4種類の塩基とその修飾体を有する。

※3 tRNAのアミノアシル化:アミノ酸を対応するtRNAに共有結合させる反応。現在の生物では、アミノアシルtRNA合成酵素(aminoacyl-tRNA synthetase:aaRS)がこの反応を触媒する。

※4 Nanoarchaeum equitans(ナノアーキア):2002年にアイスランド沖の熱水噴出孔で発見された海洋古細菌。細胞の直径はわずか400ナノメートルであり、既知の最小の細胞生物の1つである。古細菌の中では最小のゲノムサイズを有している(約49万塩基対)。

論文情報

雑誌名 Journal of Molecular Evolution 2020年5月7日 オンライン掲載
論文タイトル G:U-independent RNA minihelix aminoacylation by Nanoarchaeum equitans alanyl-tRNA synthetase: an insight into the evolution of aminoacyl-tRNA synthetases
著者 Misa Arutaki, Ryodai Kurihara, Toru Matsuoka, Ayako Inami, Kei Tokunaga, Tomomasa Ohno, Hiroki Takahashi, Haruka Takano, Tadashi Ando, Hiromi Mutsuro-Aoki, Takuya Umehara and Koji Tamura
DOI 10.1007/s00239-020-09945-1

下記リンクより論文の全文閲覧が可能です。
Springer Nature SharedIt: https://rdcu.be/b32lR

田村研究室
研究室のページ:https://kojitamura.web.fc2.com/
田村教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?

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