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2020.02.17 Monday

光吸収と熱緩和のスペクトルの差分を利用したエネルギー変換効率の測定に成功
~測定ノイズを低減した熱緩和スペクトルの高感度な測定法がもたらした成果~

研究の要旨とポイント

  • 分光白色ランプ光を励起光源とし、白色LED用の高効率な赤色発光体を試料として、光エネルギーを蛍光発光に変換する、エネルギーの変換効率の高信頼度な測定に成功しました。
  • 光エネルギーの変換効率は、試料が吸収した光のスペクトルと、試料から熱として散逸された発熱スペクトルの差分を利用して求めることが出来ます。
  • Sagnac干渉計と、プローブレーザー光路を方解石で分割した参照光路の導入により、従来の光熱偏向分光法のデメリットを軽減し、簡便で信頼性の高い分析ができるようになりました。この成果は太陽電池や光合成の効率改善など、より持続可能性の高い社会の実現に寄与すると期待されます。

東京理科大学理学部第一部物理学科の徳永英司教授と、国立研究開発法人物質・材料研究機構サイアロングループの廣崎尚登グループリーダーらの共同研究チームは、光熱偏向分光法の改良により、光を吸収して熱を放出する試料について、吸収スペクトルと熱緩和スペクトルの差分を取ることにより、光エネルギーを別のエネルギーに変換するエネルギー変換効率を測定することに成功しました。

光熱偏向分光法は、光を吸収する物質であればどのような形態・性質の試料であってもスペクトルを取得できるため、非侵襲の物性分析法として大きなポテンシャルがあります。
しかしその反面、試料に吸収させる光源(励起光)にレーザー光を使用するため、使用可能な波長の範囲が狭いこと、光を検出するセンサや吸収から測定までの光路の物理的な限界により、測定時の振動などによるノイズが出やすいことなどの欠点もあり、より高感度で汎用性の高い測定方法の開発が望まれていました。

今回、研究グループでは、Sagnac干渉計を用いた光熱偏向分光測定系に、光を複屈折させる方解石の結晶を導入して、プローブ光源であるレーザー光を光熱信号が乗るプローブ光と、信号が乗らない参照光に分割しました。両者が完全に同強度、平行となる光路設計を実現してその強度差を検出することでプローブ光ノイズをキャンセルし、白色LEDの高効率赤色蛍光体であるCaAlSiN3:Eu2+を試料として、吸収スペクトル(発光励起スペクトル)と熱緩和スペクトル(発熱励起スペクトル)を得ました。
この両者を比較したところ、試料が強い蛍光を示す波長の近傍で、熱緩和スペクトルの強度が低下し、吸収スペクトルとの差分が著しく拡大していました。このことは、蛍光を示す波長の付近で、光エネルギーのほとんどが蛍光発光に変換され、熱エネルギーとしての放出が行われなくなったことを示します。

本研究の成果は蛍光体だけでなく、太陽電池や植物の光合成など、多くの物質や装置の光エネルギー変換効率を簡便に、また高い信頼性を持って測定できる方法となり得ます。既存技術による変換効率の改善や、新たなエネルギー変換装置の開発などが促進され、エネルギーの高効率な変換による、省エネルギー社会の実現にも貢献すると期待されています。

【研究の背景】

ある時は光エネルギーとして、またある時は熱エネルギーや化学エネルギーとして、エネルギーは形を変えながら、利用・再生されています。植物や藻類などが行う光合成は、光エネルギーを化学エネルギーに変換する光化学反応であり、太陽電池では光エネルギーを電力として取り出します。しかし、どちらの反応でも、光エネルギーの全てが化学あるいは電気エネルギーに変換されている訳ではありません。太陽光に長く当てられた植物や太陽電池パネルが温かくなっていることからも分かる通り、多くのエネルギーが熱として放出されています。初めに受け取った光エネルギーに対して、変換によって得られる化学エネルギー、電気エネルギーなどの割合を光エネルギー変換効率といい、太陽電池の性能などを評価する上で重要な指標となっています。

光熱偏向分光法は、光エネルギーの吸収スペクトル(光を波長ごとに分け、各波長ごとの光吸収の強さをグラフとして表したもの)を測定する方法の1つで、試料に照射光が吸収されたときに放出される発熱量を照射光(励起光)の波長の関数として検出して光熱スペクトル(=発熱励起スペクトル=熱緩和スペクトル)を得る光熱分光法の代表的なものです。以下で説明するように、吸収エネルギーがすべて熱エネルギーとして放出されれば、光熱スペクトル=吸収スペクトルになります。

物質は一般に、光エネルギーを吸収することによって、その物質を構成する分子や原子が元よりもエネルギーの高い状態に励起します。吸収しやすい光の波長や、光励起後のエネルギー状態は物質によって異なります。
励起した原子や分子は、時間と共に元の状態(基底状態)に戻りますが、その過程で余ったエネルギーを熱や光として放出します。光が放出される過程を輻射過程といい、放出される光は励起の状態によってそれぞれ蛍光、燐光といいます。一方、熱が放出される過程を無輻射過程、無輻射過程によるエネルギーの低下を無輻射緩和と呼んでいます。
無輻射緩和が起きると、放出された熱の影響によって試料の周囲の媒質(水や空気など)に温度勾配が生じます。温度勾配は媒質の密度を変化させ、この密度変化によって、媒質内を通過する光の屈折率が変化します。
試料周囲の媒質にレーザー光(プローブ光)を照射したとき、試料に近い位置を通るビームは屈折率の減少が大きいため速く進むようになります。一方、試料から比較的遠方を通るビームは、屈折率の減少が小さいために速度は遅いまま変わりません。この速度差によってレーザー光が偏向することを光熱偏向効果といい、光熱偏向効果を用いて試料の光吸収効果を精密に測定する手法が、光熱偏向分光法です。

試料に照射光が吸収されさえすれば発熱は必ず起きるため、どのような形態・性質の試料に対しても利用できる点がこの手法のメリットです。しかし、従来の光熱偏向分光法では励起光源としてレーザー光を使用するため、励起を起こせる波長の範囲が狭いこと、また、偏向した光の検出には光の重心位置を求めるセンサ(PSD)を使用するため、検出装置の振動などがノイズとして検出されやすいこと、媒質として有機溶媒を使用していたため測定試料に制限があり、溶媒自体にも発がん性があることなど、課題も多く残されていました。

徳永教授らは2010年ごろから、干渉計を利用した光熱偏向分光法の高感度化に取り組み、2016年には、それまで測定困難だった空気中の試料について可視光全域で光吸収のスペクトルを得ました。
試料から放出される熱エネルギーは、試料が吸収したエネルギーの全量と、化学エネルギー等に変換されて利用されるエネルギーの差にあたります。このことは、試料に吸収させた光のスペクトルと、熱緩和のスペクトルの差分を取ることで、当該試料の光エネルギー変換効率が求められることを示唆します。
仮に試料からの熱放出が全くなかったとすれば、吸収した光エネルギーの全てが有効なエネルギーに変換されているということになり、エネルギー変換効率は100%です。しかし、実際の植物の光合成を観察すると、光の強度が強い場合には、葉はその光を全て吸収するどころか、過剰な光を散逸させるメカニズムを持っており、エネルギー変換効率は必ずしも良くありません。一方、光が弱いほど、エネルギー効率は最大値に近づきます。
従来の光熱偏向分光では、励起を起こさせるために比較的強度の高い光源を使用しており、植物で光の散逸のない状態で吸収スペクトルと熱緩和スペクトルを比較した報告はありません。

【研究結果の詳細】

従来の光熱偏向分光法のデメリットを解消して正確な熱緩和スペクトルを得るため、徳永教授らは主に2つの改良を行いました。

まず1つは、2012年の改良でも使用された、「Sagnac干渉計」と呼ばれる振動などの影響を受けにくい干渉計の導入です。Sagnac干渉計では、半透鏡(入射した光の半分を透過させ、もう半分を反射させる鏡。ビームスプリッター)を使用して、レーザー光を2つに分け、複数の鏡で作られた周回光路を時計周りに回るプローブ光と反時計周りに回るプローブ光として通し、半透鏡に戻して再び重ねて干渉させ検出器に導きます。試料をプローブ光路に近接させて配置して、励起光で励起された試料による光熱偏向効果により、検出器上の2つのプローブ光は僅かに位置がずれます。すると、ずれがない場合と比べて光の干渉強度が変化します。この光の強度変化を検出することで、発熱励起(熱緩和)スペクトルが得られます。鏡に振動が生じても共通光路で2つの光の干渉が崩されないため、振動によるノイズが少なく、より高感度での測定が可能です。

更に、今回の研究では、レーザー光自身のノイズを低減するため、レーザー光を方解石(CaCO3)の結晶で参照光とプローブ光に分け、参照光をプローブ光と同じ強度で平行な試料のそばを通らない光路に通し干渉させて、試料による光熱偏向効果が乗ったプローブ光干渉強度から差し引いてレーザー光ノイズを相殺して低減しました。方解石には入射した光線をその偏光を元に2つに分ける、複屈折と呼ばれる性質があり、この性質を利用して分割した2つの光の強度が完全に同一、かつ光路が平行となるようにできたので、方解石を導入した光路では、測定に対して生じるノイズ強度の平均値はおよそ4分の1に低減されました。これにより、50µW/cm2 (日本の冬の快晴の日の地上の日照強度の1000分の1)の弱励起でも光熱信号を検出できる感度を実現しました。

また、吸収スペクトルの測定が困難な粉末試料などにも対応できるよう、吸収スペクトルは励起光による発光励起スペクトル(励起光の波長の関数として試料の発光強度を得たもの)で代用しました。試料には、白色LEDのための高効率な赤色蛍光体(白い光を作り出すために使用される、赤・青・緑の蛍光体の1つ)であるEuイオンドープCaAlSiN3(CASN:Eu2+)を使用しました。CASN:Eu2+は、廣崎リーダー、および同グループの高橋向星氏らによって開発された蛍光体で、90%という非常に高い量子効率(光子変換効率)を持っています。

CASN:Eu2+に対して、白色ランプ光を分光器で分光して波長選択した光を照射し、発光励起スペクトル(吸収スペクトル)と、発熱励起スペクトル(熱緩和スペクトル)を測定し比較しました。その結果、下図に示す通り、発光励起スペクトルの強度に対して、発熱励起スペクトルの強度が低下していること、赤色蛍光の波長である650nmの近傍で、発熱励起スペクトルの強度の低下が特に著しいことがわかりました。
このことは、励起光から得たエネルギーが、650nmの近傍では熱として散逸されず、非常に高い効率で蛍光発光のエネルギーとして使われたことを意味します。言い換えれば、励起エネルギーが1.9 eV(波長にして650nmに相当)以下の場合はエネルギーは全て蛍光発光に利用され、1.9 eVを越えたエネルギーは熱に変換されると仮定した場合、その熱緩和のスペクトルは、ほぼ今回の発熱励起スペクトルに一致すると考えられます。この試算は、既に報告されているCASN:Eu2+の発光量子効率の値とよく符合します。

光吸収と熱緩和のスペクトルの差分を利用したエネルギー変換効率の測定に成功 ~測定ノイズを低減した熱緩和スペクトルの高感度な測定法がもたらした成果~

図:励起光の波長と発光・発熱強度

以上の結果から、熱緩和スペクトルの測定は、発光体における光エネルギー変換効率の評価に有効であると考えられます。本研究について徳永教授は、「吸収スペクトルと熱緩和スペクトルは相補的な関係にあり、変換効率を比較しやすい。蛍光体だけでなく、太陽電池や光合成など、これまでそれぞれに異なる装置が必要だったエネルギー変換効率の測定を、熱エネルギーへの変換効率を測定するという簡便な方法に統一できるようになるだろう」と期待を示しました。さらに今後の展望について、「測定の難易度は高いが、将来へのインパクトが大きいのは光合成の効率の測定であると考えている。その実現に向けてさらなる測定法の高感度化に取り組んでいきたい」としています。
エネルギー変換効率の簡便かつ信頼性の高い測定は、それぞれの物質や装置の変換効率の改善に向けた研究につながるものであり、ひいてはエネルギー高効率変換による、より持続性の高い社会の実現にも寄与すると期待されています。

※ 本研究は、公益財団法人市村清新技術財団の助成を受けて実施したものです。

【論文情報】

雑誌名 Applied Sciences
論文タイトル Thermal Relaxation Spectra for evaluating luminescence quantum efficiency of CASN:Eu2+ measured by Balanced-Detection Sagnac-Interferometer Photothermal Deflection Spectroscopy
著者 Hiromichi Chima1, Naoyuki Shiokawa1, Keisuke Seto1, Kohsei Takahashi2, Naoto Hirosaki2, Takayoshi Kobayashi1,3,4, and Eiji Tokunaga1
著者(日本語) 千万大道1、塩川直幸1、瀬戸啓介1、高橋向星2、廣崎尚登2、小林 孝嘉1,3,4、徳永英司1
所属 1. 東京理科大学 理学部第一部 物理学科
2. 物質・材料研究機構 サイアロングループ
3. 電気通信大学 先端超高速レーザー研究センター 兼 脳科学ライフサポート研究センター (現 脳・医工学研究センター)
4. Advanced Ultrafast Laser Research Center, Development of Electrophysics, National Chiao-Tung University
DOI 10.3390/app10031008

徳永教授のページ
大学公式ページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?3b4e
研究室のページ:http://www.rs.kagu.tus.ac.jp/eiji/

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