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2019.07.23 Tuesday

精密医療の基幹技術を担う、血流中のcell-free DNAの生成メカニズムを解明
~DNA切断酵素「DNase1L3」はcfDNAの生成に大きく関わり、がん転移を抑制する可能性も

研究の要旨とポイント

  • 血中に微量にあるcell-free DNA(cfDNA)は、出生前スクリーニングや、がんの診断、予後診断に使われています。本研究により、これまで不明だったcfDNA生成の機序が明らかになりました。
  • cfDNAは死細胞由来と考えられていましたが、ネクローシス(壊死)由来のものも、アポトーシス(プログラムされた細胞死)由来のものも、両方存在することがわかりました。また、cfDNAの生成に大きく関わるDNA切断酵素は、ネクローシスの場合はDNase1L3、アポトーシスの場合はCADとDNase1L3であることが明らかになりました。
  • DNase1L3は、がんが転移する際に足場となる、血管内の塞栓を分解できるため、外科手術や放射線治療後に予防的にDNase1L3を投与することで、がんの転移を抑制できる可能性があることがわかりました。

遺伝子工学の進歩により、血液中にほんの微量に存在するDNA(cfDNA)を遺伝子解析することで、胎児の状態や、がんの遺伝子変異、予後の予測など、体にほとんど負担をかけずに、血液検査だけで様々な情報を読み取ることができるようになりました。こうした検査法を「リキッドバイオプシー」といいます。このcfDNAの遺伝子解析は、個人に合わせたオーダーメイド医療にも用いることができ、プレシジョン・メディシン(精密医療)の基幹技術として、近年爆発的な広がりを見せています。
ところが、このcfDNAが、一体どうやって発生しているのか、その生成メカニズムについてや、そのさらなる応用の可能性など、詳しいことはわかっていませんでした。

東京理科大学生命医科学研究所の水田龍信教授の研究グループは、cfDNAがどのように生成されるのか、その詳細を明らかにしました。また、cfDNAの生成に関わる主要なDNA切断酵素DNase1L3(別名DNaseγ)には、がんの転移を防ぐ薬剤としての応用可能性があることがわかりました。水田教授は、「本研究の結果は、今後のゲノム医療の推進に大きく貢献することでしょう。」と述べています。

【研究の背景】

1994年、がん患者の血中cfDNAから、有名ながん関連遺伝子RASの変異が見つかりました。この発見は、人の体を傷つけて組織を採取しなくても、血液検査だけでがんの診断が可能であることを意味しており、関係者の大きな興味を惹きました。また1997年には妊婦の血液中に胎児由来のcfDNAが見つかり、こちらの方は現在すでにダウン症などの出生前診断のツールとして一般的に使われるようになっています。今日では、次世代シーケンサーとPCR技術、AIなどによる遺伝子解析技術の大幅な進展により、cfDNAを使った遺伝子解析は、「プレシジョン・メディシン(精密医療)」または「ゲノム医療」を推し進める強力な推進力になっています。一人一人がその人の遺伝子情報に基づいて、オーダーメイドの治療を受けることが出来る時代が到来したのです。

ところがこれまで、「cfDNAはどうやって生成されるのか?」という疑問への答えは、まだありませんでした。cfDNAは死細胞由来であろうと考えられていましたが、細胞死には大きく分けて、細胞の自殺とも呼べる「アポトーシス(プログラムされた細胞死)」と、傷や炎症による「ネクローシス(壊死)」という別々のプロセスがあり、「どちらのプロセスが関与しているのか?」、「どんなDNA切断酵素(エンドヌクレアーゼと呼ばれます)が関わっているのか?」、「cfDNAにはまだわかっていない機能もあるのだろうか?」、など、いくつもの疑問が残されていました。水田教授の研究グループは今回、こうした疑問の全てに解答をもたらしました。

【開発の詳細】

もともとDNase1L3(DNaseγ)は東京理科大学薬学部の田沼靖一教授率いる研究グループによって発見されたエンドヌクレアーゼの一つでした。水田教授はその研究を引き継ぎ、DNase1L3がネクローシスの際の細胞のDNA断片化酵素であることを見出していました。もし細胞膜が突然破れたりしたときは、血中のDNase1L3は速やかに細胞DNAを単ヌクレオソーム(DNAパッケージングの基本ユニット)に分解します。また水田教授の研究グループは、このDNase1L3が、アポトーシスの際の主要なDNA切断酵素である「カスパーゼ活性化DNA切断酵素(caspase-activated DNase:CAD)」にとっての、「補佐」の役割を果たすことも発見していました。ちなみに、抗がん剤の多くは、際限なく増殖を続けるがん細胞に、アポトーシスを促す効果を持っています。

まずアポトーシスが誘導されると、細胞内でCADが活性化して、細胞核の「クロマチン」と呼ばれるコンパクトに梱包されたDNAが分解されます。アポトーシスを起こした細胞のほとんどはマクロファージに貪食されますが、貪食されなかった細胞が血液中に流出した場合、細胞膜が損傷して「二次的なネクローシス」に陥ります。ここから先は、元々ネクローシスだった細胞も、アポトーシスだった細胞も、同じような過程をたどり、壊れた細胞膜から血流中のDNase1L3が侵入してきて、DNAをヌクレオソームへと分解します。

今回、水田教授の研究グループは、遺伝子改変マウスを研究モデルに用いて、cfDNAの生成に重要な役割を果たす酵素を正確に同定することにしました。まず、遺伝子欠損していない正常マウス、CAD欠損マウス、DNase1L3欠損マウス、CADとDNase1L3の両方を欠損したマウス、の4種類のマウスで、肝細胞のアポトーシス、またはネクローシスを誘導しました(アポトーシスは抗Fas抗体を投与することで誘導し、ネクローシスは解熱鎮痛薬のアセトアミノフェンを過剰投与することで誘導しました)。そして、得られた血液サンプルについて、電気泳動と呼ばれる実験手法で分析を行ったところ、アポトーシス誘導群、ネクローシス誘導群、両方において、正常マウスやCAD欠損マウスの血中よりも、DNase1L3欠損マウスの血中の方で、cfDNAの濃度が低いことがわかりました。興味深いことに、CADとDNase1L3の両方を欠損したマウスの血中には、cfDNAの痕跡が全くないこともわかりました。

こうした結果から、水田教授の研究グループでは、「アポトーシスの過程では、梱包されたクロマチンを断片(単ヌクレオソーム)にする際、DNase1L3がCADのバックアップ酵素として極めて重要な役割を果たし、それによってcfDNAが生成する。また、ネクローシスの過程では、DNase1L3はcfDNAを生成するために絶対的に重要である。」という結論を導き出しました。
また、DNase1L3とDNase1(別のDNA切断酵素)の血中での活性を調べ、アポトーシス、ネクローシスのどちらも、DNase1L3とDNase1の活性を上昇させることも見出しました。しかし、CADとDNase1L3の両方を欠損したマウスでは、cfDNAは観測されなくてもDNase1の活性は観測されました。このことから、「DNase1はcfDNAの生成に必須ではなく、cfDNAをさらに細かく分解する役割を果たしている。」ということも明らかにしました。

こうして、DNase1L3の生理学的、医学的な重要性に光が投げかけられました。水田教授は、「DNase1L3酵素は、主にマクロファージによって生産されるので、DNase1L3活性と炎症の間には、相関がある可能性があります。」と述べています。

また今回の研究から、DNase1L3は、血栓症の治療や、がん転移の予防にも応用できることがわかりました。
細胞に感染や傷害があると、好中球と呼ばれる免疫細胞が微細なクロマチンの粘着性の繊維を投網のように放出しますが、この粘着性の繊維は、分解されていない死細胞のDNAとタンパク質の混合物で、好中球細胞外トラップ(NETs:neutrophil extracellular traps)と呼ばれます。NETsは有害な細菌を絡み取り、細菌が血流に乗って体内に拡がるのを防ぐ役割がありますが、NETsの放出はときに制御不能になってしまい、血液の凝固や塞栓症(血管内の血餅の発生)の原因になり、致死的で重篤な状態を招きます。水田教授は、「DNase1L3はNETsを分解してcfDNAにするので、NETsに起因する血栓症の治療に使用することができます。」と述べています。
またNETsは、がんが転移する際の足場となることも知られています。血流中に放出された腫瘍細胞(tumor cells)はNETsに捕捉され、そこを起点に増殖し、他の器官に拡がっていきます。水田教授は、「DNase1L3はNETsを分解してcfDNAを生成するので、がんの足場を崩し、転移を予防する処置に用いることが出来るのではないかと推測しています。そのため、現在この推測を裏付ける実験を行なっているところです。」と述べています。

cfDNA研究が進めば、人間はがんという病から解放されるのでしょうか? 今後の展開が期待されます。

【論文情報】

雑誌名 Biochemical and Biophysical Research Communications
論文タイトル Cell-free DNA in blood circulation is generated by DNase1L3 and caspase-activated DNase
著者 Taiki Watanabe, Shuhei Takada, Ryushin Mizuta
DOI https://doi.org/10.1016/j.bbrc.2019.06.069

水田研究室のページ
研究室のページ:https://www.ribs.tus.ac.jp/wp-content/uploads/mizuta_hp.pdf
水田教授のページ:https://www.tus.ac.jp/fac_grad/p/index.php?289c

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