秋山 仁
特任副学長
秋山 仁

理学博士、数学者。東京理科大学理学部応用数学科卒業。ミシガン大学数学客員研究員、米国AT&Tベル研究所科学コンサルタント(非常勤) 、東海大学教授などを経て、現在、ヨーロッパ科学院会員、東京理科大学特任副学長、理数教育研究センター長、近代科学資料館長を務める。

青山 菜緒
学生
青山 菜緒
理学研究科 化学専攻
修士課程1年

丸岡 広大
学生
丸岡 広大
理学研究科 科学教育専攻
修士課程1年
special-talk1

理科大のDNAとは。
世代を超えた、理科大生たちの意見。

秋山:
現在、大学は国内だけでも800も900もあるとされています。それぞれの大学に特長があると思うのですが、青山さん、丸岡さんは、理科大には、どういう特長があると思いますか?特に、理科大のDNAといったら何だと思いますか?
青山:
私は、理科大が掲げる「実力主義」が一番の特長だと思います。友人や他大学の方にも、理科大は勉強の質がすごく高いと思われている印象があります。だからこそ、「実力主義」がどうやって生まれ、受け継がれてきたのかとても興味があります。
秋山:
確かに「実力主義」を一番にあげる人が多いでしょうね。しかし、「実力主義」という言葉が若干、標語化している感もあって、これが具体的にどういうことを指しているのか曖昧になっているようにも感じます。まず、東京物理学校の時代、「実力主義」はどういうものだったのでしょうか?当初の物理学校は、入学試験は無し、係累の有無は問わない、年齢も、職業も、身分も関係ない、学問に対し意欲のある人間は誰でも入学させていました。しかし、それと同時に、学問の本質を極めない限り進級も卒業もさせない、という姿勢を貫いたのです。これが当時の「実力主義」です。
 しかし、時代と共に、少しずつ形を変えてきました。行政の決まりによって入学の定員が定められ、東京物理学校から東京理科大学への改称に伴って履修制、すなわち、単位の取得で進級・卒業が決まるようになりました。それでも「関門制度」など理科大固有の進級制度が堅守されるなど「実力主義」は続いています。理科大で学ぶ分野というのは、文学や芸術などと少し違い、「分かっているか、分かっていないか」が歴然と判明します。またそれはそこで学んだ学生の評価に直結してしまいます。だからこそ必然的に「実力主義」という厳しい判断基準が求められ、今まで受け継がれているのだと思います。
青山:
なるほど。「実力主義」は、時代に合わせて変化しつつも本質は揺るぎない精神なのですね。「実力主義」を貫くため、丁寧な教育を徹底するなどの配慮もなされてきたことが、今も続く要因のように感じます。
丸岡:
僕が感じている「実力主義」ですが、理科大は、とにかくレポートなどの課題が多いと思います。それは悪いことではなく、コツコツと課題に取り組み、それを通して自分なりの考えや根拠を明確にする。そのため必然的に、粘り強く物事を真面目に遂行しようとする「責任感」が強くなっていくと思います。
秋山:
確かに粘り強さも理科大のDNAであり、「理科大生かたぎ」と言ってもいいかもしれませんね。理科大生は、いい意味で「執念深い」と思います。理学というものは、執念深くなければ学問を極めることがなかなかできない学問の分野ですから。すなわち、自分が分からないところは徹底的に掘り下げ、自力本願の精神で真実を追求する学問ですからね。
 また、実験や観測データを非常に大切にしなければならない学問ですよね。たとえそれが、自分にとってあまり都合のいい情報を与えるものでなくても、無視することは科学的精神ではありません。科学的精神というのは、エビデンス、事実を尊重しながら真理を究めていくこと。科学に携わる人間は慎重にデータを集め、さまざまなアングルからこれらを分析し物事の本質を筋道立てて導き出さなければならないのですから、今時の若い人々にはあまりウケのよくないかもしれない「執念深い」、「粘り強く真面目」という言葉も実力主義で鍛えられた理科大生にとってはむしろ最高の誉め言葉に値するのでしょうね。
丸岡:
そうですね。自分の課題や研究に真摯に向き合ってこそ、理科大生であり、理学に従事する者であると思います。それが厳しいと言われることもあるのでしょうが、楽しむことができる人が多いから、粘り強く取り組んでいるように見えるのかもしれません。
special-talk2

理科大に入学して、
学生たちが「今」思うこと。

青山:
私が、理科大を選んだ理由の一つに、やはり「実力主義」がありました。ただ、実際に入学してみると、世間で言われているほど「厳しい・大変」といった印象はあまりありません。もちろん、他大学と比べればレポートの分量などは圧倒的に多いのですが、周りもその課題をこなしていますし、留年する友達も少ないです。正直なところ、もう少し「実力主義」を意識させられてもいいかなと思っています。
秋山:
偉い。青山さんは真面目ですね。あなたが言う通り、現在は、言われているほど厳しくはないと思います。もちろん留年する人はいるし、他大学に比べると多いかもしれないですが、物理学校時代は、卒業生が1人もいない、1割も卒業できない年が多々あったといいますから。
 青山さんはもう少し厳しくてもいいと言いましたが、教える立場から見ると、今の学生たちはよく頑張っていると思います。レポートも、皆それぞれ自分の意見や感想をびっしり書いてくる。それが各授業で行われている。とにかく厳しくして、留年したり、卒業できない環境にするのではなく、レポートやテストなどでその都度適切な課題をコツコツこなし定期的に勉強する習慣をつけさせ実力アップを図っている。それが現在の時代に合った「今」のやり方だと思います。
丸岡:
僕も入学してから、レポートや課題の多さに驚きました。毎日課題をクリアすることは難しいですが、乗り越えた先に成長できた自分がいると思います。物事を効率よく取り組む力も身につき、結果的にその力が、高い就職率や夢の実現につながっていると感じます。
個人の力を高めるためにも「実力主義」という考え方、DNAは必要だと思いますね。
秋山:
丸岡君は、いいことを2つ言ってくれました。1つは、大変な課題やレポートがあるからこそ、効率的に勉強・研究をしようという意識がつくこと。もう1つは、大変な困難を克服してこそ達成感があり、社会に出て有益な力になるということ。この“真剣に取り組めば、社会から認められる実力が身につくように科学を伝授すること”が「実力主義」の実践として、物理学校時代から理科大で大切に貫かれてきたことであり、その学びを通して結果的に、科学の従事者としてのみならず、人間としての成長も促されるのだと思います。
special-talk3

生き続ける、
21人の若き理学士たちの魂。

秋山:
理科大で学び続けていて、今現在、2人は理科大にどんなイメージを持っていますか?
青山:
私は、理科を専門的に突き詰めた教育機関というイメージです。研究室や研究設備などの施設の充実もそうですし、授業が手厚いことが挙げられます。教授・教師の方々が丁寧に教えてくださるため、「教育の質」がとても高いと思っています。
秋山:
そうですね。理科大は厳しい分、学生へ物事の本質を理解してもらえるように徹底的に教授しています。丸岡君はどう思いますか?
丸岡:
僕は教職課程を履修してきたのですが、その際に感じたこととして、高度な専門知識を学び、それを次の世代につないでいくという精神がとても強いと思います。「理学を学び、また、それを教える技術を学ぶために最適の場」というイメージがあります。
秋山:
教授から学生へ、先輩から後輩へと、学問習得や研究の仕方を伝授・継承していくスタイル。これは一朝一夕でできることではなくて、140年の歳月を経てできるようになった理科大の強みでしょうね。
 その強みの原点となったのが、21名の創立者たちです。平均年齢25歳、世の中における地位もなければ、権力も財力もない若者たち。志を1つに、科学が国を繁栄させる重要なファクターになると信じて行動を起こした彼らは、並外れた先見の明があったと思います。
 そして、自分たちの学び、習得した知識を日本国民に広めていきました。数々の艱難辛苦を乗り越え、持続し、新しい時代を切り拓いていった突破力にも頭がさがります。21人の若者たちから始まり、滅びることなく140年かけてここまで発展したという事実が、「奇跡の大学」と言える理由でしょう。2人はこの先、理科大はどうなっていくと思いますか?
青山:
学んだことを他の人や次の世代に伝えていくという精神がある限り発展し続けると思います。
丸岡:
その精神はとても貴重で続けていくべきものだと思います。
秋山:
“理学の普及”による“学んだことを伝える”こと以外にも、科学の発展に寄与することや科学知識や技術を生かして人々の生活に貢献することなど多岐多様です。どの道に進もうと、理科大で学んだ同窓生には、理科大のDNA、すなわち「実力主義」を生かした活躍を期待します。たとえ目立たなくても、向き合っている対象に真摯で誠実に対応し、“この人に任せておけば大丈夫だ”と思われる唯一無二の縁の下の力持ちとして、輝いていてほしいです。
special-talk4

科学的精神が支える、
先を見る目、今を捉える目。

秋山:
設立当時、明治という時代背景を考えると、やはり21人の創立者たちは先を見る目があったと思います。当時(明治14年)は明治維新の後で、板垣退助や伊藤博文、渋沢栄一など、そうそうたる人たちが政治や経済を革新していた。そんな中、「今の世の中には理学が必要だ」と志をもって行動した人は珍しかった。
また、この21人のうち多くは、各藩から選ばれ、国から奨学金をもらって東京大学で勉強する機会を得た貢進生でした。「貢進生の気風、尚未だ衰えず、志を立て気を負い、好んで天下国家を談じ、一身の利害の如き殆ど念頭に往来せず。(大学)卒業の後には協同一致して国家に尽くすことを誓い合った」と『東京物理学校五十年小史』にあります。
「志を高くもって夢を描き、努力によって一つずつ国難を突破しその夢を成就させる」という生き方。時代は異なりますが、当時の21人のように、理科大の全学生、われわれ教職員、OB・OGも、その精神で頑張らなければいけないと思いますね。
青山:
志の高い21人の創立者の中でも、意見が合わないことや、対立などもあったのでしょうか。それとも常に協力して行動していたのでしょうか。
秋山:
創立者たちが結束して長い間頑張れた一つの要因として、彼らが皆自分ファーストではなく“one for all, all for one”の精神で結束していたからだと思います。お互いの長所・短所も分かった上で深く信頼し合い、集まれば深淵で高尚な話から他愛ない世間話まで話の花が咲く、良い関係だったようです。リーダーの1人であった寺尾寿先生は、「寺尾の物理学校と言われるのは好まず、物理学校の寺尾ならいい。」と述べたそうです。みんなで創り上げた学校であり、みんなの物理学校。みんなが結束してこそ大事業というのは成し遂げられる。みんなで築き上げた物理学校だという思いがあったから、協力して続けることができたのでしょう。
丸岡:
個人でなく皆でという素晴らしい精神ですね。140年にわたって発展し続ける学校を築けた理由がよく分かります。
秋山:
創立者たちが日々奮闘しながら教壇に立つ、姿を見ながら学んだ学生たちが、卒業するときに自分たちのおカネを集めて実験機材を寄贈していく、卒業後も自発的に母校を応援していくなど、他力本願ではなく自分たちが自ら行動し、やれることを最大限やっていくという“自立自尊”という我が校特有の校風が形成されていったのだそうです。こういった精神が、理科大生の気質としていまだに受け継がれていると思います。社会には課題は多いですが、その課題が見えにくいものになっているというのが現在の時代の傾向です。課題の本質がなんなのかをつかむこと自身が大きな課題になっているような状況です。そうしたときこそ、対象とじっくり向き合い、何が重要なファクターなのかを見極めていく科学的思考や態度が欠かせません。他力本願や他の後追いではなく、自らが率先して行動していく精神と“科学的思考”を武器にして社会で活躍していくことが今後益々理科大の卒業生に求められていくことだと思います。
special-talk5

日本・世界に向けて、
これからの東京理科大学への希望。

丸岡:
日本で初めて学んだ西洋の近代物理学の知識を国のために普及していこうと、創立者の21人が東京理科大学の前身となる物理学講習所設立のために立ち上がったこと。そこから考えると、今でも大学の中に流れている次の世代に伝えていくという精神は、当時から確実に受け継がれているのだとよく理解できました。
秋山:
そうですね。創立者たちが最初に学び、それを後世に伝え続けた。それから140年の歴史を経ても「教えと学び」は繰り返されて、日本だけでなく世界中で行われている。
私も世界を旅すると、理科大の卒業生たちにたくさん出会います。世界のさまざまなところで研究開発や学問伝授に奮闘する同窓生の姿を見て、理科大の精神がしっかりと受け継がれていると思うと、とても嬉しく感慨深いです。まさに「理学の普及を以て国運発展の基礎とする」ですね。
 当時の「国運」は日本国という意味だったと思いますが、今の時代なら、創立者たちは「国運」を、世界中の人類に向けてと言うのではないかと思っています。世界中の人類を繁栄させ、安全・平和で暮らせるようにするために東京理科大学は存在するという意味でね。
青山:
世界基準の理科大に発展していくというのが、次の時代へ向けた「実力主義」になっていくのでしょうか。
秋山:
理科大では多岐にわたる分野で高度な研究が進んでおりますが、これからは分野横断型の研究も全学で進めようとしています。キャンパスを超え、各分野を融合した研究を行い、さらにデータサイエンスを活用することから、新しく重要な成果が生まれてくるでしょう。
 GPSの元になった通信衛星のネット社会の根幹を支えるデジタル情報理論、パソコンやタブレットを動かす集積回路(半導体、トランジスター)、携帯電話の原型となった蜂の巣型移動体通信網、太陽電池などなど現在の我々の生活に欠かせない革新的技術を次々と生み出し新時代を切り拓き続けたのが1920年代から1970年代における米国のAT&Tベル研究所でした。ビルゲイツも“もしもタイムマシーンがあったら一番訪れたいのは、その頃のベル研だ”と言ったほどのクリエイティブな“科学技術のアイディア工場”だったところです。そのベル研の当時の主任M・ケリーは華々しい実績をあげるベル研の秘訣を聞かれ、「不可能を可能にするイノベーションを生み出すためには、異分野のさまざまな専門家が物理的に近くにいることが何よりも重要」と言っています。
 東京理科大学はまさにそれに適した環境ですし、そうした環境が今後さらに進められていきます。理科大で受け継がれてきた実力主義とそのもとで叩き込まれた科学的思考、自ら率先して行動していく精神、粘り強く誠実に遂行しようとする精神、これらの実践が、日本はもちろんのこと世界(グローバル)、いや宇宙(ユニバーサル)という規模でもしっかりと機能していくでしょう。あなたたちのような今の理科大生がそれを担い、さらに次の世代に引き継いでいくのです。大いに期待していますよ、ぜひ頑張ってください。

※学生、教員の所属、学年等の情報については、取材当時のものです。