2015.12.18 Friday

[from ストックホルム]
「これからは人材の育成に努力します」
大村先生が語った受賞後の活動

2015年ノーベル賞の授賞式では、本学大学院修了後、本学から理学博士を授与され、薬学部で20年間も非常勤講師を務めた大村智先生(北里大特別栄誉教授)、そして現在、理工学部で非常勤講師もされている梶田隆章先生(東京大学宇宙線研究所長)が、感動的な式典の中でスウェーデン国王からメダルを授与されました。
本学関係者にとっては大変誇りに思う出来事であり、学生はもとより研究に取り組んでいる人たちの励みとなりました。

大村先生は、授与されたノーベル賞証書と金メダルを見せてくれました。証書は手書きで作ったものだそうで、「感想を求められてね・・・」と笑って語っていました。メダルは、ノーベル財団が3個のレプリカを制作してくれたので、本物は金庫に保管し、残りは自分の研究室と北里研究所そして山梨県に展示する予定とのことでした。
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【内ポケットに忍ばせた写真とお守り】
授賞式から一夜明けた12月11日、ストックホルムの宿泊先のホテルに大村先生を訪問し、これからの活動などについてインタビューをしました。
まず大村先生は、授賞式に臨んだときに内ポケットに忍ばせていた2枚の写真とお守りの話をしてくれました。

ポケットに入っていた写真は、15年前にがんで亡くなった文子夫人と共同研究者として苦労した故大岩留意子博士の2枚でした。大岩博士は、イベルメクチンの発見に至る研究で、常に大村先生をサポートし、とくにメルク社との研究を進めるときに尽力された先生でした。大村先生は受賞決定発表の直後にも大岩博士の墓前で報告されています。

奥様は、大村先生にとっては同志であり共同研究者であり夫人でもあったのでしょう。「研究者として一番、苦労したときにいつも支えてくれた。今日あるのは家内のおかげです」と常々語っています。

先生がテーブルに出した内ポケットの中身の中に、見慣れないものがありました。それは故郷の神社から拝受しているお守りでした。「ここ一番という時に、必ずこれを持参します。すると不思議に気持ちが落ち着き、結果もうまくいくのです」という、まことに人間臭い話でした。このような話をさりげなく語って聞かせるのが大村先生のお人柄であり魅力です。これまで多くの人材を育ててきたことがわかります。
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【至誠惻怛(しせいそくだつ)の人材育成】
大村先生は人材育成の達人とされています。能力ある人を見つけ出して引き上げる。その眼力と心配りは、大村研究室を常に活性化させてきました。
やる気がある人には支援を惜しまないという方針が貫かれ、これまで研究室から31人の教授を輩出し、博士取得者も120人を数えています。これだけの人材輩出は、おそらく日本でも最高記録級でしょう。

受賞後の活動も「人材を育てることを頑張ります。日本では今一番重要なことであり、ノーベル賞の賞金も人材育成の組織などに寄金として出したい」との抱負を語ってくれました。

色紙にその心境を書いてもらいました。毛筆ですらすらと書かれたのは「至誠惻怛(しせいそくだつ)」という言葉です。
幕末の陽明学者・山田方谷の言葉であり、「何事にも真心を持って接すれば物事がうまくいきます」という意味です。最近、大村先生は、この言葉を好んで使います。

この言葉を体現できるような人材育成にこれからは精力的に取り組むという決意を語っていました。

帰国する日、ノーベル賞創設者のアルフレッド・ノーベルの墓参りをしました。ホテルのブティックに頼んで作ったブーケを持参して、お墓に捧げました。ノーベル賞受賞者でお墓参りをした日本人受賞者は初めてかもしれません。
「ノーベル賞創設者に感謝し、敬意を表しました」と大村先生は晴れ晴れとした表情で帰国の途につきました。

ストックホルムからの報告は、これを持ってピリオドを打ちます。ありがとうございました。

【寄稿:東京理科大学OB・科学ジャーナリスト・元本学MIP教授 馬場錬成氏】


金メダルが輝いていて、写真でもよく映らないほどでした。

ノーベル賞の証書を見せる大村先生。

帰国直前に、ノーベル賞の創設者のアルフレッド・ノーベルの墓参りをしました。

内ポケットに入れていた写真を見せてくれました。

写真とお守りです。写真は左が亡き奥様の文子さん、右が大岩留意子博士。

この言葉を重視するような人材を育てたいと「至誠惻怛」の色紙を書いて見せる。

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